長いまどろみから抜け出して意識が覚醒してくると、隣りに温もりと気配を感じる。
結局飯塚の言葉に甘えて、休みを彼の部屋で過ごした。今日は出勤だけど、起きてしまうのがもったいなくて、飯塚の胸に擦り寄る。
「大友、朝だよ。」
「ん・・・。」
まだ起きたくない。もう少しこの夢のような時間を貪りたいのに。
しがみついた身体ごと飯塚に抱き上げられて渋々目を開いたら、飯塚の優しい眼差しが大友の顔を覗き込んでいた。
「おはよう。」
「・・・おはよう・・・。」
夢はいつか醒めるものだけど、飯塚に抱き締められていると、目覚めていても夢の中にいるような感じだ。不思議な気持ちで飯塚のことを見つめていると、彼が微笑んで尋ねてくる。
「眠い?」
「・・・ううん。」
「そう?」
「うん・・・。」
仕事に行かなければならないのが、凄く残念なだけだ。
「起きる・・・。」
「うん。ご飯用意するよ。」
「・・・ありがと。」
飯塚がベッドサイドに立ち上がりながら、大友の額へキスを落としていく。呆気なく離れていく彼の背中を暫く見送って、ようやく大友も服を身に着け立ち上がった。
* * *
ハサミの音が小気味良く耳に響いてくる。いつもは淡々と時間が流れていくだけなのに、今日はやけに身体がふわふわと落ち着きがなかった。けれど世界が変わって良かったと思えることが一つある。お客さんの楽しい話が素直に胸へ落ちてくるという事実。
今までは所詮他人事で、営業スマイルで無理矢理流すこともしばしばだった。しかし人の幸せを同じ温度で喜べると、無機質に見えていた店内が急に彩りを持って見える。
どこそこのご飯が美味しかったとか、服のコーディネートが上手くいったとか、ささやかな幸せを共有できることが楽しい。良いところを見つけようという意欲も自然に湧いてきて、今日の自分は今までより幾分饒舌な気がする。
「ブラウスの差し色、髪にも肌の色にも合ってますね。」
照れたように笑った女性の顔を見て思う。指名されて安くはないお金を払わせて、今までどれだけの事に耳を傾けることができていたかと考えると、今までの自分を少し後悔する。
「コレ、この冬におろしたばっかりなんです。気に入ってて。」
「良い買い物しましたね。」
「ホント? そう思います?」
「はい。凄く似合ってます。」
「よかった。今日、これからデートだから。」
今まで遣り甲斐を持っていた時間が偽りだとは思わないけれど、いつもどこかで気持ちにセーブが掛かっていたのは事実。仕事だけ充実していれば十分だと言い聞かせていた。でも蓋を開けてみればわかる。駿と別れて、飯塚に惜しみなく好意を注がれて、身も心も不自由していない今の自分。憂鬱な事が見当たらない現実は、素直に受け取れることが増えた。
もう少し早く気付ければ良かったけど、こればかりは天命だと思うことにしよう。自分が幸せじゃないと、人を幸せにはできない。恋も仕事も同じだ。心の籠っていない言葉に、誰が耳を傾けてくれるだろう。
「しっとりとクリームで仕上げていいですか?」
「お任せします。」
「じゃあ、今日はコレ使って仕上げていきますね。」
指ですくったクリームを掌で薄く伸ばし、体温で馴染みが良くなったところで髪へ揉み込んでいく。
「自分だと上手くいかないんですよね。」
「クリームは付け過ぎちゃうと重くなるので、ちょっとずつ手に取って、しっかり掌で伸ばしてから使うのがいいですよ。」
全体に揉み込んだ後、毛先の流れを整えて、鏡でバックスタイルを再度確認してもらう。
「いかがでしょう。」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「お疲れ様でした。」
年末の駆け込みに間に合わなかった人、年始からイメージチェンジをしたい人で店内は人口密度が高い。スタッフ一同、閉店間際まで予約がいっぱいで、休憩もまとまって取ることは難しそうだった。
しかし悲観することなど何もない。飯塚とした電話の約束を胸に、夜が来るのがただ楽しみで仕方なかった。
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朝霧とおる