恥ずかしがるから余計に構いたくなる。蘭に大友の可愛さを説いていたら、ついにそっぽを向かれてしまった。
でも怒って帰ったりしないところに、微かな喜びを感じ取って、つい調子に乗る。入店してからその繰り返しで、飯塚は密かに幸せな気分を噛み締めていた。
「大友くん。せっかく彼氏といるんだから、そんなムスッとした顔しないの。」
「別に・・・。」
「引っ越すの?」
「・・・うん。来週には。」
「それまた随分、急な話ね。」
飯塚もすでに大友の引っ越し話を聞いていた。早く気持ちの面で落ち着きたいらしい。ゆっくり気持ちの整理をした方が心の負担にならないのではと思ったが、早々に彼が新居を見つけて意気込んでいたので、黙って見守ることにした。
「引っ越し、手伝うよ。」
「・・・。」
「そうしてもらいなさいよ、大友くん。」
困った顔で言葉を止めた大友に、蘭がカウンターから身を乗り出してプッシュする。一瞬、蘭の後を追随しようと思ったが、大友の瞳が戸惑いで揺れたので別の言葉を捻り出した。
「考えてみれば、休み合わないよな。」
「あ、うん・・・。」
「人手がほしかったら呼んで。有休は山のように残ってるから。」
「・・・うん。」
飯塚の提案に、ようやく大友がホッとしたような顔をする。大友が泣きながら片付けをする姿が思い浮かんでしまって、内心落ち着かない。最後の砦は、彼の部屋に残った思い出たちだと、大友の横顔を見て、こっそり溜息をついた。
* * *
ガシャンッと大きな音を立てて割れた破片を呆然と見つめる。駿はいなくなった。マグカップはまだ使えたけど、もう使ってくれる主はいない。割れてしまう運命だったのかも。ぼんやりとそんな事を思いながら、大友はしゃがんで飛び散った破片を片付け始める。
駿の気配が消えた途端、部屋の景色は色褪せて見えた。もう何の彩りも残していなくて、片付けは淡々と進む。もう一つ手元に残っていたマグカップも紙袋の中に入れて封をし、ペンで割れ物注意の但し書きをする。
次に向かった本棚は難所だ。一番上の端にあるアルバムを手に取って、恐々ページをめくる。
「あ、これ・・・。」
二人で初めて旅行をした時のスナップ写真。大学生になったばかりの自分は夢中になって撮ったけれど、駿の腕前を知って以降は撮らなくなった。パラパラとめくってみて気付く。ちゃんと写真の中の自分は笑っていた。楽しい時もあった。けれどそれ以上に一人で過ごす時間に耐えきれなくなっていった。
自由を愛する駿と、ただ思い続けて前へ進めなかった自分と。その後の十年で何が起きるかも知らずに写真の中で笑う自分を指で辿る。たくさん泣かされた。無様過ぎて、形に残したいとは思わない。心の中だけに仕舞っておけば、きっと時間が解決してくれることを信じたい。
「捨てるか・・・。」
アルバムを閉じてゴミ袋に投げ入れる。続けざまに本棚の中にあったいくつかのアルバムを確認することなくゴミ袋に収めていく。過去の自分に思いを馳せても、今はまだ苦い気持ちしか湧いてこない。もう少し胸の奥で寝かせないと、冷静に見つめ返すことはできないだろう。
捨てることができずにいた物たちに手を伸ばしていく。前へ進む勇気を温めてくれたのは飯塚だ。今夜も会う約束をしている。
すっきりした気持ちで彼に会いたい。その一心で片付けを進め、部屋の中を占めていた大半の荷物を根性でゴミ袋に纏めた。
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朝霧とおる