デートという言葉が、さきほどから大友の頭の中で駆け巡っている。甘酸っぱい言葉だ。そんなものは、もうずっと遠い過去に置いてきてしまったとばかり思っていたのに。
飯塚が与えてくれる時間は、新鮮な気持ちを大友に植え付けていく。人目を忍んでキスをしたり、手を繋いだり、どれもが甘い時間で、かつて憧れ諦めてきたものだった。
いつからか、望むことすらしなくなった。だけど今ならわかる。本当は心の奥底で欲しいと願っていたのだ。だってこんなにも飯塚のくれる好意を嬉しいと感じるのだから。
「ッ!」
人出の多い高級ブティックが軒を連ねる参道。二人でランチを済ませた後、植木の合間に立つガードレールに寄り掛かって小休憩を決めると、飯塚が手を重ねてきた。飯塚を見上げるとただ微笑むだけで、重ねてきた手を退ける気配はない。
しかし誰かに見咎められるんじゃないかとビクビクしたのは初めだけだった。友人や恋人と話に華を咲かせていたり、イヤホンから漏れ出るほどの大音量で音楽に聴き入っていたり、道行く人が飯塚と大友に注意を払うことなんてない。重ねた手を通して、じわりと飯塚の温もりが伝わってくるだけ。
「イヤ?」
今さらな飯塚の質問。そっぽを向いて拗ねたフリをしつつ、飯塚の手を払わずにいると、彼は大友の気持ちを察したらしく、重ねていた手をギュッと握ってきた。
日曜の昼下がり。稼ぎ時の土日に大友が休みを取ることは極めて困難だ。しかし全く折れる気配のなかった飯塚の会いたいという意気込みに負けて、大友の休憩時間に勤務先の近くで会っていた。
「ご飯は折半っていう約束じゃん。」
貢ぐ趣味はないと言っていたわりに、飯塚はさっさと伝票を奪っていった。昨日、約束したばかりだというのに早速反故にされて、なんだか納得がいかない。収入の桁が違ったって、こちらにだってプライドはある。
「恋人にランチをご馳走するくらいなら、貢ぐって言わないだろ。それくらい、させてよ。大友の休み時間、俺が全部貰っちゃってるわけだし。」
ズルい言い方。せっかくの休日にわざわざ足を運んでくれているのは飯塚の方だ。甘やかされる時間がこそばゆい。飯塚と過ごしていると、小さいことに一喜一憂していた青春を彷彿させる恋の甘酸っぱさに浸っている気分になる。
こちらが口を尖らせても、飯塚はどこ吹く風。微笑みながら押しの強さを感じる。けれど決してそれが嫌じゃない。好きだからこそ寄せてくれる甲斐甲斐しさだとわかっているから、無碍にできるわけがない。
「大友」
人の流れを眺めていると、思いのほか顔の近くで飯塚の声を聞く。驚いて飯塚の方を向くと、あと一歩でキスできるくらいの距離に、うっかり顔を熱くした。
「仕事終わったら、蘭さんのお店で待ち合わせしよう?」
「う、うん・・・。」
「蘭さんに言っていい?」
「・・・うん。」
自分の口から改めて付き合うことを話す必要があるかと悩ましいけど、今まで散々心配をかけたし、これからも世話になりたいから、飯塚の言葉に頷く。
今度は飯塚の事を愚痴る日がくるんだろうか。隣りで微笑む端正な顔をする飯塚を見上げる。非の打ち所がないほどマメな彼に、今のところ文句はない。あえて言うならランチのお勘定を譲ってくれないことだけだが、すでに半分諦めていた。
「ん?」
「ッ・・・ううん。」
飯塚の瞳に自分の姿が映り込むのを見つけて、途端に恥ずかしくなって俯く。真っすぐ迷いなく射抜いてくる飯塚の目は、大友を落ち着かない気分にさせる。
一緒にいるだけで動悸が止まらない。向けられる好意が嬉しくて、それだけで胸がいっぱいになってしまうのだ。
「明日は休みだよね。」
「うん。」
「じゃあ、今夜泊まってって。」
「ッ・・・。」
するりと飯塚の手が頬を撫でていく。どうにか心臓の鼓動だけでも鎮めようと深呼吸をして、空に白い息を吐き出した。
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朝霧とおる