ほんの少しでいい。駿とのことを打ち明けて、飯塚の優しさに包まれたいと願う。しかし何もかもが中途半端だから罰が当たったのかもしれない。ようやく口を開きかけた時に大友のスマホは着信を告げた。画面を見なくたってわかる。こんな夜遅くに無遠慮にかけてくるヤツなんか駿しかいない。それに彼の入浴中に黙って家を出たから彼は気になったのだろう。
「大友、取らないの?」
「・・・いい。取らない。」
スマホを飯塚の視界から隠そうとすると、それより前に飯塚の手がスマホを握る大友の手を捕えてしまった。
「恋人?」
画面に表示された名を見た飯塚が、こちらをジッと見据えて尋ねてきた。
「ッ・・・元、だけど・・・って、え、ちょっ!!」
大友の返事を聞くなり手からスマホを奪い去っていき、飯塚は電話に応答してしまう。その様子を呆然と見つめて、焦りと戸惑いが胸の中を渦巻いた。
「大友の友人です。今、彼はうちにいますから、ご心配なく。」
二言、三言、簡潔に言葉を交わす飯塚の姿を見つめる。電話の向こうにいるであろう駿に毅然とした様子で話す飯塚は、大友の手をギュッと握り締めて、逃すまいと大友の目を見つめたまま喋り続けた。
「しばらく我が家にいるそうですよ。何かことづけがあれば伝えますけど。」
おそらく駿は怒ってもいないし、無事なことさえわかれば大友の不在を大して気にも留めないだろう。現にスマホから漏れ聞こえてくる駿の声は、ぼそぼそと単調なものだったからだ。
大友が家を出て、すでに一時間以上が経っていた。本当に大友の動向を気に掛けているなら、不在がわかってすぐに連絡を寄越しただろう。しかし駿はそうしなかった。夜遅く出たまま帰って来ない大友に、疑問を持ったに過ぎないのだ。大切に思われているなら、悠長ではいられないはず。
「では。」
飯塚が通話を切るのを、打ちのめされた気分で見つめる。駿の気持ちはとっくに自分にはない。そんな事はわかっていた。けれど、ずっと認めることが怖くて、逃げ続けて今まできてしまった。
駿にとって自分は心配する価値のない存在なんだと思ったら、無気力になっていく。
「大友。これでよかった?」
「うん・・・これで、いい・・・。」
ずっと離さず握ってくれていた飯塚の手に涙がぽたぽたと落ちて広がる。
いい歳をして、情けなくて、みっともなくて、けれど自制しようと思えば思うほど、涙は止まらなくなった。
随分泣き腫らして涙は枯れたと思っていたのに。まだまだ自分の中には膿が残っているらしい。
不意に大きな腕で囚われる。広い胸に額を押し当てると、その温かさにホッとして、いつの間にか嗚咽を上げていた。
「どう、したら・・・いい、か・・・わか、ん、な・・・」
「大友。いいよ、ムリに喋らなくて。」
ずっと片思いのようなものだった。長い間、好きの一言すら貰えなくて。彼のいい加減さを呪う前に、自分から決別しなくちゃいけなかった。怖がっていた所為で、必要のない傷まで負う羽目になって。
「年明けて、三日には出て行くって。」
駿からすでに聞いていることだから知っている。ことづけがそれしかない事に、またショックを受けた。
「ッ・・・カギ・・・返せ、って・・・言えば、よかっ、た・・・。」
「もっと、怒っていいんだよ、大友。」
気持ちがなくても、せめて嫌われたくはなくて堪えていた思いがいっぱいある。
どうして浮気するの、と罵りたいくらい心が真っ黒になった日もあった。それでも我慢し続けたのは、いつかはこの献身が実る日が来るからと信じていたから。しかしもういい加減気付いてしまった。そんな希望は最初から欠片もなくて、全部自分の願望が描かせた幻想だということを。
「ッく・・・もう・・・いい。」
「大友・・・。」
「もう、いい・・・ッ・・・」
どうにか声を絞り出したものの、もうそれ以上は何を言っても言葉にならなかった。
止めどころのわからなくなった涙が、飯塚のシャツに染みを作っていく。泣き続ける自分に、飯塚は約束通りすっかり夜が更けても寄り添って抱き締めてくれた。
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朝霧とおる