恋をすると盲目になるのは常日頃だから、大友の気持ちはよくわかる。煮え切らない気持ちを抱いたまま待ち続ける日々はどんなにやるせなかっただろう。こんな一途な大友を泣かせるヤツを許せないと思うけれど、勝手に飯塚が二人の間に割り込んで事を荒げたら、それこそ収拾がつかなくなる。大友もそんな事を望んではいないはず。
「・・・ぎゅって・・・して・・・」
可愛いリクエストに応えて、ただ緩く回していただけの腕を強くする。思わず笑みをこぼすと、恥ずかしくなったのか腕の中でそっぽを向いてしまう。
「大友、ゴメン。拗ねないで。」
「おまえなんか、キライ・・・。」
口を尖らせ、飯塚の胸に額を押し付けて顔を伏せてしまう。大友を宥めようと、彼の頭を撫でて唇を寄せる。
「そんなこと言わないで。絶対、大事にするから。」
「みんな、最初はそう言う。」
「あいつも?」
「ッ・・・。」
大友が息を呑んだことに気付いたけれど、躊躇わずにもう一度尋ねる。
「あいつも、ちゃんと誓ってくれた?」
約束したなら、大友への仕打ちは何なのだと憤ってしまう。気に食わない感情が言葉に現れて、つい責めるような言い方になってしまう。
「こんな風に泣かせてほっとくヤツに、大友のこと、返したくない。帰らないで。」
見上げてきた大友の目には、もう涙はなかったけれど、苦笑いした彼の顔に胸が締め付けられる。
「・・・半分は・・・俺の所為だよ。」
身勝手だと思える元恋人を、庇いたくなるくらいには好きなのだと思うとせつない。
「俺は真面目に付き合ってるつもりだったけど、多分向こうは最初から違う。俺が勝手に本気にして、拗らせて・・・勝手に傷付いただけなんだ。騙された俺が悪い。」
さっきまで泣いていたくせに、無理に笑顔なんて作るものだから、大友の姿には違和感しかなかった。
「引っ越そうかな・・・。」
急に飯塚の腕から逃れて起き上がった大友の動向を、飯塚はただ静かに見守る。
「あいつの物、ずっと捨てらんなくて邪魔だったし。一人で住むには広過ぎたからさ。今より狭い部屋にすれば捨てられるかも。」
精一杯の虚勢に頷いてやるべきだったのかもしれないが、飯塚はどうしても彼に賛同できなかった。上辺だけ繕っても、何も解決しないと思ったからだ。
「甘いよ。」
「ッ・・・。」
「今の大友に、そんな事ができるとは思えない。好きだった気持ちごと、捨てるってことだよ?」
相手の物がなんであれ、何も振り切れていない大友に、その全てが手放せるとは思えない。まだ大友は、彼を好きだという気持ちに支配されている。魔法にかかったままの彼には、全てが思い入れのある大切な物に見えるだろう。
「じゃあ、どうしたらいいんだよッ!!」
激昂したのも束の間、また飯塚の胸に突っ伏して泣き出した。
「大友」
「きらい・・・おまえ、なん、か・・・きらい・・・」
駄々を捏ねるように嫌いだと連呼し、飯塚の胸を力なく叩き出して、大友の虚勢を崩しにかかった飯塚に抗議してくる。
こういう子どもっぽいところが、ほっとけない気持ちにさせるんだろう。彼の恋はずっと時を止めたまま、前進することなくここまできてしまったのだ。一途と言えば一途だし、厄介な恋心でもある。
「無理に捨てようと思うから苦しいんだよ。」
「ッ・・・?」
「ずっと好きでいいんだ、って思えば、少しはラクにならない?」
本心を言えば、好きな気持ちが萎んでいくことを願っている。けれど器用になれなくて、ずっと一途に振り回されてしまう彼も含めて惹かれるのだ。放っておけない。惹かれてしまう。理屈では説明しようのない、彼のそばで寄り添って一番に支えたいという欲求。
「そんなの・・・おかしい・・・。」
「自分の気持ちに素直にならないと、きっと後悔する。ちっとも、おかしいことじゃないよ。」
「じゃあ、ずっと二番でもいいわけ?」
納得がいかないのか涙目で睨んできた大友に少しばかり怯む。さっきまでめそめそしていたのに、この眼力はなんだろう。
「それは・・・ちょっと困るかな。」
仕方なく本心を吐露すると、再び拗ねたように飯塚の胸に伏せてしまう。
「飯塚のこと、せっかく好きになってきたのに・・・二番で良いとか言われたらムカつく。」
「・・・。」
「そこまでろくでなしだと思われたくない。」
「そんな風には思ってないよ。」
「絶対思ってる。どうしようもないバカだって、自分でもわかってるもん。」
「自分のこと、そんな風に卑下することないだろ。」
依然として拗ねたままの口調だったが、彼の声から微かに覇気を感じる。相当な時間を泣き続けたから、幾分すっきりして持ち直したのかもしれない。今まで知らなかった、子どもっぽい一面に、飯塚の心は俄かに沸き立つ。少し彼の内面に近付けただろうか。
「冷やす?」
腫れた目元に触れて尋ねると、口を尖らせつつも大友が小さく頷く。
大友を抱えながら起き上がると、彼は気まずそうにしながら、大人しく飯塚の後をついて回った。
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朝霧とおる