電話越しではこちらの心配を煽るような様子だったのに、いざ大友を出迎えてみると、幾分落ち着いているように見えた。ここへ来るまでの短い時間で気持ちを持ち直したんだろうか。
大友には申し訳ないけれど、もう少し落ち込んで甘えてくれる彼を想像していただけに、ほろ苦さを感じる。急いで走ってきた後遺症で、若干息は上がっていた。擦れ違いにならなくて良かった。大友に微笑みかけながら、安堵の溜息をつく。
「ゴメン・・・。」
「謝ることないよ。こっちは毎日来て欲しいくらいなのに。」
「バカ。」
気まずそうに周囲へ目をやり、大友が俯く。しかし飯塚の言葉が恥ずかしかっただけなのか、その頬は微かに染まっているように見えた。
「行こう、大友。」
こんな寒いところに、二人でいつまでも突っ立っている必要はない。身体が冷える前にと大友を促して家路につく。
「大友」
彼が手にぶら下げた大きな荷物。二、三日、旅行にでも出掛けるような量だ。勝手に一人暮らしであることを想像していたのだが、予想は外れだったのかもしれない。
「それ・・・家出?」
「・・・目敏いよな、おまえ。」
「ゴメン。責めるつもりじゃなくて・・・。」
「わかってる。むしろ・・・こっちこそ、ゴメン。夜遅いのに・・・。」
「休みだし気にしないで。それに理由はどうあれ、来てくれるのは嬉しいよ。」
心細そうな大友の顔が気になって、つい手を握ってしまう。一瞬緊張したように顔を上げた大友だったが、人の往来がないことに納得してくれたのか、飯塚の手を振り払うことはなかった。
「しばらく、うちにいる?」
「・・・理由、聞かないんだな。」
「待ってる、って言ったろ。大友が話したくなるまで待つ。」
「・・・ありがと。」
問いただすのはたった一言、一瞬で済む。しかし信頼を失ったら、二度と大友は飯塚のことを見向きもしなくなるかもしれない。好きな人に嫌われたくないのは当たり前の話で、大友が話す気になるまで聞き出したい衝動を堪えるのは、飯塚にとって当然の結論だった。
人通りがまばらな道を、身を寄せて小指だけ繋いで歩く。大友が離したくなったらすぐに指を解けるように、緩く彼の小指に自分の指を絡めて。
しかし自宅マンションに辿り着くまで、一度も振り解かれることがなかったことに、飯塚は満足した。
* * *
たった一言、疲れたとこぼした大友に風呂を促してバスルームへ押し込む。物欲しそうな視線には気付かぬフリをして送り出した。シャワーの湯が落ちる音を聞いて一息つき、飯塚は寝室のベッドに腰を下ろした。
「まずい・・・あれはちょっと反則だろ・・・。」
抱き締めたい衝動を一旦枕で代替したものの、結局気持ちが抑えきれずにウロウロと部屋の中を意味もなく歩き回る。
「あぁ・・・待つ、って言っちゃったし。カッコつけないで、聞いちゃえばよかった・・・。」
自分から宣言しておいて早急に取り下げるなんてことはプライドが許さない。甘やかしたいのに、そうさせてくれない状況にも腹が立ってきて、やり場のない感情を持て余す。
しかし悶々と自問自答している間に大友が風呂から上がったらしく、洗面所からはドライヤーを使う音が聴こえてきた。もう二度も泊めておいて今さらだったが、美容師の彼に風力だけが頼りのドライヤーで良かったかと心配になる。
「大友、入っていい?」
「うん。」
念のためドア越しに声をかけて開けると、髪の仕上げは終盤に差し掛かっているようで、乾いた髪が風に舞っていた。手櫛で雑に乾かす姿を見て意外に思う。
「ドライヤー、それで大丈夫?」
「え・・・?」
「いや・・・いつも良いやつ使ってるんじゃないかと思って・・・。」
「あー・・・そういうことか。ホントおまえって・・・。」
ドライヤーのスイッチを止めて、大友が小さく笑う。そして大友の手が飯塚の背を軽く叩いて呆れたように彼が息をついた。
「押し掛けて迷惑かけてんの俺なのに、気使い過ぎ。そういうとこ、おまえらしくて好きだけど。」
全ての言葉をすっ飛ばして、大友の口から出た好きという言葉だけを反芻する。自分に都合良くできた頭だという自覚がなかったら、もうすっかり告白された気になって舞い上がっていただろう。しかし経験則から、ちょっとした誉め言葉であると自分を戒めなければならない。
「あのさ、飯塚。」
「うん?」
「少し・・・寝るの遅くなってもいい?」
「うん、いいけど。」
「・・・話したい。」
脆い己の忍耐力が発揮されている間に、大友が話す気になってくれたことにひとまずホッとする。みっともなく食い下がって吐かせることにならなくて幸いだった。
「聞きたい。大友のこと、もっと知りたい。」
「うん。」
不安そうな瞳に微笑んで手を握る。今度はしっかり包み込むように握って、大友が湯冷めしないよう暖かい寝室へ誘った。
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朝霧とおる