この可愛い生き物をどうしてくれようか。呆然と途方に暮れたように泣く大友を抱き締めると、想像以上にしっくりきて、つい心の中で言い訳をしながらキスをした。結局、自分には忍耐というものが足りないらしい。好物を目の前にして我慢がきかないのだ。
キス一つで蕩けそうな顔をした大友が愛おしい。もっともっとこの腕に落ちてきてくれたらいいのに。何も考えず全てを投げ出したいと訴える彼の顔を見ると、そのまま落ちておいでよと悪魔の囁きが喉元まで出掛かる。
「飯塚」
「うん?」
「・・・慰めてよ。」
強請られるのは悪い気分ではない。大友だってさすがに誰でもいいわけではないだろうから。好意的に受け止めてくれているんだろう。けれど都合よく一夜限りの相手にされるなら、ここは頷くわけにはいかなかった。
「話ならいくらでも聞くよ。」
「キスしたくせに。」
「ちゃんと恋人になってくれるなら、いくらでも。」
「ケチ・・・。」
特段残念そうではない大友の顔を見ればわかる。彼は今、本気で抱いてほしいわけじゃない。単なる言葉遊びをしているだけで、大友は穏やかに心癒せる時間が欲しいだけだろう。現にその瞳の中に欲情を感じ取ることはできない。
「泊まってく?」
「・・・うん。」
「疲れた顔してるから、ちゃんと寝た方がいいよ。朝までこうしててあげる。」
緩みかけていた腕にもう一度力を込めて、大友を抱き締める。するとホッとしたように腕の中で大友が溜息をついた。
「お腹は空いてない?」
「あ・・・そっか・・・。せっかく作ってくれたし・・・食べようかな。」
「そう? じゃあ用意してくるよ。」
脱力した大友の身体をソファに残して、飯塚は立ち上がる。テーブルに用意していたカセットコンロへ鍋をセットすると、間もなく鍋から湯気が上がり始めた。
飯塚の様子を見逃がしたくないとでも言うように追い掛けてくる大友の視線。誰かに見つめられるということ自体が久しぶりで心地いい。大友に確かな恋愛感情がなくたって、興味を注がれることは、特別な存在になったようで嬉しいものだ。
「いい匂い・・・普段も、自炊してんの?」
「うん。大友は?」
「俺は・・・あんまり。」
「いつでもおいでよ。仕事帰りとか。」
「・・・。」
「大友と過ごせるし、胃袋もつかめて、俺としては一石二鳥だな。」
気まずそうな大友の顔を見て、飯塚としては苦笑いするしかない。慎重にこちらへ近付こうとしている大友に対して、少し押しが強過ぎたかもしれないと内心肩を落として反省した。
「飯塚ってさ・・・」
「うん?」
「前向きだよね・・・強引だし・・・。」
「・・・よく言われる。」
「そういうとこ・・・」
押しの強いプラス思考はかえって仇になることもある。今まで自分は嫌というほど身をもって経験したはずなのに。歴代の恋人たちに鬱陶しいと言われてきたことを飯塚は思い返し、結局同じ過ちを大友に対して繰り返してしまったかもしれないと身構える。しかし大友がはじき出した答えは、飯塚が予想したものと少し違っていた。
「・・・嫌いじゃない。」
俯いて口を尖らせたものの、大友の頬が染まったことに、飯塚は目を瞬く。
もしかしたら想像以上に波長が合うのかも。きっかけは一目惚れだけど、直感もバカにはできない。
「お肉にも火通ったし、食べようか。」
「うん。」
本心では早速合鍵でも渡して、いつでもおいでと言いたい気分だった。しかし、自制心、と逸る心に言い聞かせて、それきり話をそらす。大友への興味は尽きないから、仕事や趣味、交友関係など話題はいくらでもある。大友が重いと感じる話をあえて選んで煩わしいと思われる必要はない。
「いただきます。」
「召し上がれ。」
律儀に手を合わせた大友に人としての誠実さを感じて、また好きな気持ちが降り積もる。飯塚は彼に頷いて微笑み、自分も手を合わせて箸を取った。
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朝霧とおる