誰かの優しさに包まれることから長く遠ざかっていたから、飯塚に優しくされると心が揺れる。しばらく構わないでくれと釘を刺したのは自分なのに、鍋の下ごしらえをする飯塚の背中を物欲しそうに見ている自覚があった。
耳に心地良い、野菜を切る包丁の音。会話のない穏やかな時間は、心に巣食う寂しさを埋めてくれる。キスをされたり、抱き締められたりするより、飯塚の背中は確実に温かな気持ちを植え付けていく。
不意に鼻の奥がツンと疼く。じわりと目頭に湧いた涙が、あっという間に目を埋め尽くす。瞬きするとポロリと滴が頬にこぼれ落ちた。飯塚の背中が霞むたびに瞬きを繰り返していくうちに、取返しがつかないほどに頬が濡れていく。
気付いて、抱き締めてと飯塚の背中に念じ続ける。すると願いが届いたかのように、彼が振り向いた。
「大友、もうすぐ出来・・・大友?」
泣くことが恥ずかしいという感覚はどこかに飛んでしまっていた。それに泣いてることに気付いた飯塚が、意外にも狼狽えることなくコンロの火を消して近付いてきたので、大友の肩からは完全に力が抜けた。
「大友。本当は今日、凄く疲れてただろ?」
「・・・うん。」
飯塚の心配する声音。落ち着いた声に安堵して、飯塚の言葉に素直に頷く。エプロン姿のまま、飯塚が手を伸ばして抱き締めてくれる。彼の腕の中は温かくて、ホッとしてまた涙がこぼれた。
飯塚はそれきり、何も尋ねてくることはなかった。ソファにもたれかかって、大友のことをただ抱き締めてくれる。
昼を一緒にとった時、大丈夫だと取り繕ったことはバレていたんだろう。飯塚は気付かぬフリをして流してくれただけ。接客業だし感情を隠すのは決して苦手ではないはずなのに、飯塚の前ではどうにも調子が狂う。彼の優しさに包まれて、強固に築いているはずの壁に綻びが生まれるようだった。
「・・・ッ・・・つらくて・・・。」
「うん。」
「どう、し、よ・・・。」
悲しくて、苦しい。好きな気持ちはコントロール不能で、求めなくなればラクになるとわかっていても、駿への想いに区切りをつけることができない。結局捨てられず、部屋に残ったままの彼の物が、自分の抱えている執着心の大きさを物語っているように思えた。
「一旦、恋愛は休憩して、仕事頑張るんでしょ?」
確かにそう言った。本心からの言葉だったけど、縋ればこうやって抱き締めてくれる腕があるのに、今さら一人で奮起する勇気が湧かない。自分が本当は何を望んでいるのか、それすらわからないのだ。駿が欲しいのか、優しく抱いてくれるなら飯塚でもいいのか、恋は脇に置いて仕事を頑張りたいのか。コロコロと欲しいものが変わってしまう頭に、大友自身がついていけない。
「ッ!?」
「イヤ?」
急に飯塚の唇が大友の唇に重なって、ふわりと触れるだけで去っていく。驚いて目を見開いた大友とは違い、飯塚の目は悪戯を成し遂げたような満足げな表情をしていた。
嫌だなんて思わなかった。唇がまだ飯塚の温かさと感触を残していて、心の中で蠢く暗い影が消えていくような感じさえする。
「落ち着く・・・。」
「そう?」
飯塚が大友の言葉に目を細めて、彼の手が頬を包むようにゆっくり撫でていく。
不思議だった。ぐちゃぐちゃだった心が凪いでいくのが自分でもわかる。
混乱してみっともないところを見せているのに。小言を言うでもなく、ただ黙ってそばで見守ってもらえることが、こんなにも温かい時間だなんて知らなかった。
駿のことを考えていると、良くも悪くも、いつも感情が振り切れてしまう。飯塚といるとそういうことがない。心が擦り切れていかないのだ。
温かくて優しい。もう何度も飯塚に対して抱いた感情。その正体は未だわからないけれど、彼の優しさに浸け込んでしまいたい。人のいい彼にそんな事をしたら罰が当たるだろうか。これ以上打ちのめされたら立ち直れない。
「飯塚」
「うん?」
「また・・・時々、来ていい?」
「時々?」
「うん。時々。」
彼と付き合おうと決心できたわけでもないのに、欲張って天罰が下るといけないから。ちょっとでいいから飯塚の優しさが欲しい。そうすれば、擦り切れてしまったこの心が少しずつ癒える気がする。
「毎日来たいと思ってもらえるように、頑張らないとな。」
飯塚の言葉が嬉しくて胸が苦しい。こんな事を飯塚に言わせてしまって、自分が心底ズルい生き物だと思った。
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皆さま、こんばんは!
なかなかご覧いただいているお礼も言えずじまいで心苦しいのですが、
いつもありがとうございます!!
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ランキングもなかなか確認しに行けないのですが、時折覗きに行くたびに皆さまのおかげで押し上げていただき、心の中でこっそり飛び跳ねて歓喜しております。
後ろ向きでブレブレな大友と、マイペースで前向きな飯塚と、全然違う二人を書くのを楽しんでおります。
早く全開で甘える大友をお見せしたいなぁ。。。(笑)
もう少しだけ、お待ちください。
今年は前厄なので、慎ましく、静かーーーに過ごそうと思っておりますが、
脳内は変わらず爆発しておりますので、垂れ流し状態は続くかと。。。
お、お付き合いいただけたら・・・う、嬉しい!です!!!
皆さま、寒い日が続いておりますので、体調にはどうかお気を付けて。。。
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朝霧とおる