初めて会った時の晴れない彼の顔に思いを馳せると、どうにも抱き締めたい衝動に駆られる。しかし誘われるがままに抱き締めてしまうのも、我慢のきかない手早いヤツだと思われそうで承服しかねる。
「当て馬かなぁ・・・。」
到底吹っ切れているとは思えない大友の顔。今の彼は見ていてどこか危うい。崩れそうになる一歩手前で、バランス悪く積まれた石の上に辛うじて乗っているような感じ。
強がっている顔はどこか痛々しくて、けれどいい歳した大人が本音ばかり晒せる生き物でもないことはよくわかる。まだ片手で数えるほどしか会っていない相手に、自分を曝け出すというのはムリな話だ。
「これで全部かな。」
先日別れた恋人が置いていった日用品の数々。全部捨ててくれとのお達しなので、大掃除のついでに綺麗さっぱり片付けることにした。いつも別れる時はもう少し鬱々とした気分で片付けに追われるのだが、心がすでに次の恋へ動き出している今、苦痛という感情とは無縁だった。むしろ清々しい気分になっている。
「薄情かな。ホントに好きだったんだけど・・・。」
しかし別れ際に散々罵られて、大事に育んできたはずの関係が独りよがりなものだったとわかった。どちらか一方の我慢が積み重なって成り立っていた関係は、愛とは呼べない。甘く睦み合うことを夢見て、恋に恋していたということだ。
「次は間違えないといいんだけど・・・。」
ゴミ袋に投げ入れた元恋人の品々を見て飯塚は苦笑いをする。再びこんな事にならないよう願うのは言うまでもない。
恋が成就することはゴールじゃない。見えない未来を一緒に歩むという試練の連続だ。果てしなく続くその道に喜びを見出せるかどうか。途中で手放してしまえば、また別の誰かを探し求めながら、一人踏ん張らなければならない時もある。
「大切にしてるんだけど・・・構い過ぎなんだよね、きっと。」
別れを告げてきた恋人たちは口を揃えて束縛が過ぎると言っていた。
「だって独り占めしたいじゃん。恋人なのに・・・。」
ゴミ袋に悪態をついたところで返事はない。飯塚は懲りない自分に溜息をついてゴミ袋の端を摘まんで縛る。結わえた新聞紙の束も一緒に抱えて、マンションのごみ捨て場へ直行した。
手放してしまうと案外未練はないものだ。なんでもないありふれた物が特別になったり、幸福の象徴がガラクタになったり、恋は世界に魔法をかける。今度の魔法は解けないといいのだけど。
「どこに誘おうかな。」
まず自分を知ってもらわなければ始まらない。深く知りたいと思ってくれるまでどれだけの月日がかかるかわからないけれど、その時間を待とうと思えるくらいには、大友に夢中だった。
「笑わせたいな。」
心からの笑顔を引き出したい。きっとそれが叶う頃には何かしらの答えも出るだろう。
目を腫らすほど失恋に泣ける彼も愛おしいけれど、好きな人にはやっぱり笑っていてほしい。
所定の位置にゴミ袋と新聞紙を置いて、飯塚は部屋へ舞い戻る。窓を開け放っていたおかげで、部屋の空気はすっかり澄んでいた。
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朝霧とおる