「好きだって言ったくせに、変なヤツ・・・。」
ホテルに誘ったけれど、飯塚には断られてしまった。再び夜にバーで会う約束をして、飯塚はあっさり帰っていく。大友はその背中を見送って、煮え切らない気分で考え続けていた。
「ちゃんと・・・付き合う、ってどんなだろう・・・。」
高校時代の親友と寝たのは性への興味本位。駿とは新入生歓迎会で初めて言葉を交わし、そのまま誘われてベッドイン。そして駿の気まぐれでフラれるたびに、親友やバーで出会った相手と寝ること繰り返した。
考えてみれば、まともなお付き合いなんて今までなかった。相手を慕い、尊重し合える関係というのが大友にはまるで想像がつかない。恋愛をしてきたつもりでいたけれど、実のところ自分がしてきたことは恋愛でもなんでもないのかもしれない。想いが一方通行なら、付き合ったとは言えないのではないだろうか。
他愛のない話をすることが楽しいと思えたのは久々だった。きっと話の内容はなんだって良かったのだ。自分の話すことに、目を合わせて耳を傾けてくれる。時には笑ったり、神妙な顔で頷いてくれたり。飯塚の見つめてくる瞳は真剣そのもので、キスやセックスをしなくても、彼が大友のことを受け止め、大切にしようとしてくれているのが伝わってくる。
新鮮だった。たったそれだけの事が途轍もなく嬉しくて。別れ際にそっと手を握られただけなのに、熱く抱擁された気分。まだこの手に飯塚の温もりが残っている気がして、大友は自分の手を呆然と見つめた。
まだ駿の気配がそこかしこに残るアパートへ帰り着くと、ただ虚しい気分に襲われた。
「捨てようかな・・・。」
歯ブラシ、シェーバー、彼専用のタオル。おろしたての物もあったけれど、惜しい気持ちはなかった。しかし彼のマグカップを手にしたところで、大友は行き詰る。同時に身体の芯が冷えていくような気がして、大友の手は完全に止まってしまった。
お揃いで買ったマグカップは、駿が強引に連れ出してくれた台湾の夜市で買った物だった。正確な場所こそ覚えていないものの、人の熱気と雑多なイルミネーション、怪しげな土産物が並ぶ混沌とした世界。体感したことのない空気に圧倒された。そこで駿が初めて自分に選んでくれた物。
柄は特段好みでもなんでもない。ただ、ここに詰まっている思い出が、この恋にピリオドを打つことを阻む。頭上まで振り上げて、結局叩き割ることはできなかった。
「まだ、使えるし・・・。」
値段は百円もしなかった代物。しかしその安さに雑踏の中、二人で笑って意気揚々と安宿へ帰還して、熱を貪り合った。
一度失ってしまったら替えの効かない物。大友にとってこれはそういう物だった。
そしてベッドの脇に設置してある本棚を見て、また絶望する。
大友自身は本をあまり読まない。並べてあるものは駿が収集したものと、彼がその足で得た作品の数々。ここ数年は特に数も多く、出版された駿の作品集も収まっていた。
捨てられない。彼を色濃く残す物ほど、大友にとっても唯一無二の物だった。楽しかった思い出が確かにあって、二度と味わうことができない青春の多くもそこには詰まっている。
駿は全てだった。それほどに愛して、捧げ続けてしまった。もうそれは取り戻せない時間。たとえ時間を巻き戻せたとしても、あれ以上に輝きのあるものを自らの手で見つけることはできないだろう。
「飯塚のこと、呼べないじゃん・・・。」
こんな部屋に、彼を呼ぶことなんてできない。心に駿を残したまま、その気配が至るところに残る部屋を彼が見たら、きっと呆れるに違いない。こんな厄介な爆弾を抱えたままの自分を好きになってくれと言うのは勝手が過ぎる。
「バカだな、俺・・・どうしよう・・・。」
部屋で一人蹲って、シャツにじわりと涙が染みを作る。
また泣いたなんて気付かれたくない。これ以上涙がこぼれないように、大友は必死に深呼吸をした。
「掃除しよ・・・。」
勢いよく立ち上がって、埃取りのモップを手に取る。大友は振り切れなかった物たちから極力目を逸らし、夜が更けて静寂さを増す部屋で一人、無心になって掃除に明け暮れた。
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朝霧とおる