甘やかされたのは、どうやら夢ではなかったようだ。
頭痛で目覚めた最悪な朝、隣りを見れば今藤の姿がある。昨夜の記憶は曖昧だが、この男に抱き締められ眠った気がする。
ビールをコンビニで買い込んで、現実逃避をするべく、部屋で待つはずの今藤に連絡も入れずに酔い潰れた。
記憶を辿ろうとしても、頭痛が邪魔をして考えることを拒む。しかし両親にぶつけられた言葉だけはありありと甦った。
「今藤、ゴメン。迷惑かけた、よな。。。」
珍しく今藤が雅人の呼び掛けに答えない。狸寝入りのことが多くて雅人の心臓に悪い事ばかりする男だが、今日ばかりは本当に寝入っていた。
疲れさせるようなことをしてしまったのかもしれない。そう思うとどうしても昨夜の事を思い出したかったが、どうやら雅人のいる場所を察して迎えに来たらしいことしかわからなかった。
相当酔っていた自覚がある。途中から記憶が途切れているくらいなのだから、自力でここに辿り着いたとは思えない。状況から考えて、今藤が捜し出してくれたと推測するのが自然な気がした。
「喉、渇いた……ッ」
起き上がろうとして再び鈍く重い痛みがこめかみに走る。呻いていると、気配を察したのか隣りに身を寄せる今藤が手を伸ばしてきた。
「……甲斐?」
「ゴメン、起こした……」
「具合は?」
「……頭、痛い。」
「だろうな。」
今藤が口角を片側だけ上げて薄く笑う。手で雅人を制して自らベッドを抜け出すと、すぐグラスに水を注いでやってきた。
「ありがと……」
「今日はゆっくり寝てろ。」
「……ゴメン。」
「甲斐」
口を付けて飲み干したグラスを、今藤が奪っていく。そして雅人に口付け、まだアルコール臭の抜け切らない口内を蹂躙した。しかし舌の動きは荒々しくはなく、雅人の苛立ちや哀しみを宥めるような優しい口付けだ。ゆっくり離れていった唇が名残惜しくて雅人の方から追い掛けようと今藤のシャツを掴もうとした刹那、大きな腕が雅人を包んだ。
「ゴメンじゃなくて、ツライって言え。」
「ッ……」
「見栄張り合うために一緒にいるわけじゃないだろ?」
額に、頬に、慈しむような口付けが雅人の肌をくすぐっていく。
「泣き付いてこいよ。」
落ち着いた声音だが、有無を言わせない強さがある。しかし好きな相手に、ましてや余裕綽々に見えるこの恋人の前で、無様な自分を曝け出すのが、それなりにハードルの高いことだという事実を今藤はわかっているだろうか。本心から歯向かう気はないけれど、口先だけでも強がってみる。そうすればこの男は、もっと甘やかすような言葉をくれるはずだから。
「そんなみっともない事、したくない。」
「カッコいいだけの甲斐なんて、甲斐じゃないだろ。」
「なんか、酷い……」
苦笑しながら抱き返す。嗅ぎ慣れた匂いを肺いっぱいに吸い込むと、ホッとして目頭が疼いた。
「昨日、生きた心地がしなかった。」
「そんなの、ウソ……」
「見つけられなかったら、って思うと今でもゾッとする。」
「……見つけてくれたじゃん。」
「憶えてんのか?」
「あんまり。」
どんな顔で捜してくれたんだろう。今藤の必死な顔なんて想像がつかない。初めてのデートらしいデートがあの公園での花見だった。結局ベンチでビールを煽っただけの情緒に欠ける花見だったけど、自分が人目のある場所でできる精一杯のデートだった。いい歳をした男が二人きりという状況はそれなりに奇異に映る。一度そう思い始めると、怖い気持ちが捨て切れなかった。
付き合い始めた勢い任せの頃より、今はずっと臆病になった。両親の言葉は雅人にトドメを刺したのだ。
けれど別れたいわけじゃない。今藤に振り回されることが楽しくて、抱き締められれば泣きたくなるほど嬉しい。昨夜、今藤から逃げたのは、抱き締められたら最後、年甲斐もなく泣き腫らしてしまいそうだったからだ。
「一人で落ち込ませて、放っておけるわけないだろ。」
「ッ……」
両親との諍いを語っていないはずだが、酔った自分は何か溢してしまったのかもしれない。けれど素面の時はプライドが先行して言えないだろう。酔って理性の緩んだ自分は、縋りたい本音を叶えてくれた。感謝する気持ちが半分、居た堪れない気持ちが半分だ。
「話したくないなら、全部言えなんて言わない。」
「ん……。」
「でもツライ時くらい、ツライって言え。」
意地っ張りな雅人に、今藤が言い聞かせるように語り掛けてくる。甘い声に目の奥がツンと疼いて、涙を堪えるのに必死だった。
「いつもバカ正直なくせに、肝心な時に頼らないバカさ加減どうにかしろよ。」
「バカ、バカ、うるさい。」
「俺は昨日、散々おまえに言われたぞ。」
「……憶えてない。」
記憶にないのは本当だったが、他に余計なことをしでかしている可能性を考えると、下手に酔っていたことを盾に取れない。
「可愛くないな。」
「もともと可愛くないし。」
頭が重くて緩慢な動きでそっぽを向く。可愛くないと言いながら、強引に雅人の顎をすくう今藤の手と眼差しは優しく甘い。キスを強請る気持ちを見透かすように、殊勝な顔がゆっくり近付いてくる。彼の唇が雅人の唇を包んで、身体に染み入る温かさに、雅人は安堵の息をついた。
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朝霧とおる