決して軽くはない恋人を負ぶって部屋に辿り着く。半分夢の中にいる酔っ払いをどうにか追い立てて、バスルームへ直行したのは、翌朝甲斐の機嫌を損ねたくなかったからだ。ベッドへ押し込む方が互いにとって数段楽なはずだが、せっかく連れてきたのに臍を曲げられては堪らない。一日の汚れを落としてから就寝しないと、翌日文句を言われるのは必至だ。
バスタブに座らせると、されるがままシャワーの湯を受けて、気持ち良さそうに見上げてくる。全く手の掛かる恋人だが、好きな相手に苦労を掛けられるのは案外性に合って腕が鳴る。
「待った?」
「待ってたよ。」
「……怒ってる?」
「怒ってはない。心配した。」
「ん……」
自分の落ち度で苦しむより、甲斐が進の手の届かない場所で一人苦しんでいることがつらい。だから進の怒りは自ずと甲斐を苦しめるものに向かう。
しかし彼のことをどんなに想っても、家族のことにまで口を出すわけにはいかない。それに甲斐へ入れ知恵をしたとして、一瞬この独占欲が満たされたとしても、彼の意思を蔑ろにしてはより一層傷付けるだけだ。甲斐は進と家族の間で板挟みになる。いずれかを捨てれば解決する単純な問題でもない。
「甲斐、具合は?」
「眠い……」
ブランコのそばに転がっていた缶は五本。すぐ近くのゴミ箱に投げ入れたそれらの中は全て空だった。
惨事にならなかったからいいものの、明日はさすがに二日酔いだろう。街灯に照らされて紫陽花のように青白く浮かび上がっていた甲斐の顔を思い浮かべて苦い想いが湧いてくる。明日は思う存分この部屋に閉じ込めて世話を妬いてやらないと、自分は気が済まないだろう。
「なぁ、今藤。」
ようやくちゃんと進の名を呼んだ彼をボディソープの泡ごと抱き締める。ぬるりと肌が合わさると、ピクッと腕の中で甲斐が身体を震わせた。
しかし今の震えは怯えからではない。この先に続く二人だけの蜜事を期待してのことだろう。ここなら誰の目も気にしなくていい。甲斐が夢心地の中、無意識に身体の力を抜いて受け身を取ったので、進は頬を緩めて微笑む。日頃進が甲斐へ仕込んできた成果が現れているということだ。
「ん……ごめ、ん……」
「何が、ごめん?」
「俺、言っちゃった……」
「甲斐は何も悪い事してないよ。」
「でも……」
ここで言い包めても、彼は酔いの中に全て忘れ去ってしまうかもしれないけれど。それでも甲斐を慰めて、悪夢にうなされるようなことにはなってほしくない。瞼の重い甲斐の耳元で、ゆっくり言い聞かせる。
「甲斐は悪くない。」
「ん……」
「甲斐が傷付く必要なんてない。」
進が同性を好きであるが故の葛藤を経験したのは随分遠い過去だ。甲斐の抱えるものがわかるからこそ、安易に彼を家族から奪い取るようなことはできない。
自分は距離を置いてしまったけれど、甲斐がどういう選択をするかは、彼自身の確固たる意思で決めるべきだと思うから。愛を畳み掛けて誑かすことができても、いつか甲斐に揺らぎが生まれたら、二人にとっていずれ障害になる。
「俺は甲斐のそばにいたい。甲斐は?」
「ん……」
同じ答えをくれることを期待したが、そこは酔っ払い。抱き締めた腕の中で、うっとりと気持ち良さそうに目を瞑ってしまう。
素面の時に良好な答えを貰うのはさらに困難なので、近々程良く飲ませて返事を催促するしかない。
甲斐の寄り掛かってくる重みが増す。それは愛しさが増す瞬間でもある。
「甲斐。つらい時は甘えろよ。」
全てを曝け出せるほど無防備にはなれない。それは勿論自分も同じだからわかる。しかしせめて一番に頼ってほしい。プライドが邪魔して迷走するなら、いくらでも追い掛けるつもりだが、毎度駆け回るのは骨が折れる。
「甲斐、高く付くからな。」
すっかり舟を漕いでいる甲斐の背をあやすように叩く。二人分の泡を洗い流すと、ようやく甲斐から自分と同じ香りがした。
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朝霧とおる