待ち望んでいた週末がやってきた。しかし酒井と飲んだ夜、今藤と交わした会話を思い出して頭を抱える。もう何度目かわからない。酔っていたとはいえ、思い出すだけで顔から火を噴きそうだ。いっそ記憶がない方が開き直れる。
「バカは俺だし……」
酔った勢いは怖い。今藤と酒が絡むと自分は学習能力が著しく機能しない。けれど本音を吐き出せてスッキリした一面もある。
彼は雅人のことを突き放したりしない。彼以外にこんな醜態は晒せないし、ずっと彼が自分を見てくれたらと願う。
酒井の幸せそうな話に、自分の幸せを主張したくなって堪えた。羨ましいのは子どもがいることではなく、自分の幸せを隠さなくて済むことだ。今藤と軌道に乗った生活を誰かに惚気てみたいという、少なくない願望がある。
今藤は子どもの事を口にしていた。もしかしたら、彼に必要のない誤解をさせたかもしれない。有耶無耶にせず、会ったらきちんと否定しておきたい。
時間があっという間に経っていく朝。顔を洗って身体に檄を飛ばし、慌てて着替え、パンに噛り付いた。
腹拵えしないと怒ってくれる恋人がいる。食べていない時に限って確認をしてくるものだから、なかなか抜け目ない男だ。
今日朝一で向かう客先は今藤も同行したことのある会社だ。すぐそばにいなくても、仕事にも私生活にも根を下ろす今藤の姿に、心は忙しなく様々な感情に揺さ振られる。その中にはきちんと安らぎもあって、振り回されることは満更ではなかった。
いつでも脳裏に今藤の姿があるから、同時に自分の存在も強烈に感じる。彼に必要とされることで自分が形を成す。外から突かれれば酷く傷付く繊細な関係だけど、大切だからこそ湧く感情だから憂いてなどいない。
全力で意識を注ぎたいものは今藤以外になかった。仕事をするのも今藤のためなどと口にすれば重くなる。しかし自分に嘘をつきたくはないから、胸の内でその気持ちを認めている。
「よし。」
ネクタイを結わえるために鏡を見なくても仕上がり具合は想定の範疇だ。けれど立ち鏡の前で上から下まで確認しないと落ち着かない。入社当時からの癖で、仕事へ向かうためのスイッチが入る。
いつもより少し違和感があるのは、ここが今藤の家だから。自宅のように寛いでいるものの、仮住まいの自分は空間に対して多少の遠慮はある。
あちこち盗み見たところで研究書が山積みになっているだけで、エロ本の一冊も出てこない。やましい事がないからこその合鍵だろうが、少しくらい隙があってもバチは当たらないと思う。
今藤が帰ってくるから洗濯物くらいやっておこうと、シーツやタオルケットもまとめて洗った。そこに若干の罪悪感が混じるのは、昨夜の行為の所為だ。
「あれは絶対、今藤が悪い……」
恥ずかしいから嫌だと言ったのに電話口で自慰を促され、散々言葉で煽ってきたくせに、冗談の一言であっさり電話を切られた。
声の威力はなかなかで、昂った熱を耳の奥に残る今藤の声が愛撫してくる。恨めしい気持ちで色のある声を反芻して、精を零すまでさほど時間はかからなかった。
物足りなさに苦悶したのは、今藤との濃厚なセックスに慣れがあるからだろう。なかなか眠れなくて、今朝は頭がスッキリしていない。夕方には迎えにきてくれるという約束があるからこそ頑張る気力が湧いてくる。
「責任取りやがれ……」
脱水の終わった洗濯機からシーツを取り出して、睨みながら皺を伸ばす。室内のつっかえ棒に干すと部屋の湿度がさらに上がった気がした。
「日曜日、晴れるといいんだけどな……」
流れ始めた天気予報を見ると、曇りのマークに畳まれた傘が寄り添っている。微妙な予報に溜息をついて、リモコンでテレビのスイッチを切った。
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朝霧とおる