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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

紫陽花1

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紫陽花1

昼食を一緒にとった時、帰りは遅くないと言っていたのに、やって来る気配どころか電話の鳴る気配すらない。しかし進には甲斐が仕事を終えているであろうことも、電話を寄越さない理由にも心当たりがあった。

「結局、こうなるのか……」

せっかくの週末、二人でいられる貴重な時間を、無為な過ごし方をして無駄にしたくない。

仕事でストレスのあった甲斐に出張の話をしてしまったのが悪かった。要はタイミングの問題だ。表情が翳ったと気付いた時には後の祭りだ。

彼が逃げ出せないような場所、それこそベッドの中で切り出せば、甲斐は胸に湧いた鬱憤をすぐにぶつけてきただろう。けれど昼時に話して、あれから半日経っている。冷静になるだけの時間があり、出張ごときで恋人に愚痴を言う狭量さが大人気ないと思い至っていてもおかしくない。けれど進に会えばみっともない真似をしそうだから会いたくないという思考回路だ。

甲斐の迷走癖をわかっていたのに、最良の方法を取らなかった進にも落ち度はある。今日、明日を一緒に過ごせなければ、一週間会えない。そう考えると強引にでも部屋へ連れ帰りたい。それ以外の選択肢を考えることはできなかった。

「どこで油売ってんだか……」

充電していた携帯電話を手に取って、進は甲斐の番号を呼び出す。応じないことも視野に入れていたが、意外にもワンコールで甲斐は応答した。

「甲斐?」

『……おまえらんか、知あない、もん。』

「甲斐、そこどこだ?」

『……公園。』

呂律が回っておらず、口調も怪しい。子どもじみて、どこか投げやりな言い方に、彼が相当酔っていることに気付く。電話の向こう側から聞こえる滑りの悪い金属音と規則的なリズムが、ブランコに乗っていることを教えてくれた。

「今から行くから、そこいろよ?」

『ヤダ。おまえらんか、キライ。。。。』

場所の心当たりはある。今年の春、二人で花見をした公園だ。梅雨の時期には紫陽花も咲き揃うから、近々二人で行こうと約束していた。

しかしその公園は会社からも二人の自宅からも少々距離がある。職場の誰かに見咎められることがないよう進が見つけ出した穴場だった。今はそれが災いしている。電車で行こうとすれば電話を切らざるを得ない。しかし甲斐が何をしでかすかわからない状況で野放しにするのは心配だ。

大通りでタクシーを拾う事に決めて、進は忙しなく靴を履いて家を出た。

「何本飲んだんだ?」

『おまえ、らんか、知らな……飲んで、らいもん。』

甲斐は酒に弱くはない。その彼がこんな状態になっているのだから、相当飲んだはずだ。構ってほしい気配が電話越しに伝わってくる。ここまで彼がプライドを捨てるのも珍しい。しかも夜の公園で一人。何かあってからでは遅い。

そこにいろ、と念を押したい気持ちを堪えたのは、言って彼に反抗心が芽生えても困るからだ。繋がっているこの電話のみが頼みの綱なので、通話を途切らせないことが最優先事項だった。

「ブランコ?」

『ん。。。。誰もいないから、ヤダ。早く、来い。』

可愛い催促にホッとしかけて、すぐ甲斐が鼻を啜ったので、泣いているのかと焦る。

「甲斐。どうした?」

『だって、お袋が、うるさくて。。。』

「お母さん?」

営業部では一年坊主が立て続けに客を怒らせていたので、甲斐は先週からその尻拭いに走り回っていた。てっきりその愚痴を聞くことになると構えていたので、甲斐の口から溢れた言葉が予想外で胸が騒ぐ。

「ちゃんと聞くから、言ってみ?」

近頃彼が実家に帰った気配はない。すると電話でもあったのだろう。出張の準備に気を取られて甲斐の変化に気付けなかったことが悔やまれる。甲斐は深刻な事ほど言わない。厄介な恋人だ。

『俺は、もう……てる、つもりで……』

「甲斐?」

『理由、言えって……だか、ら……』

情緒不安定の酔っ払いは声量も安定せず、耳を受話器に押し当てても全ての言葉を拾うことは難しかった。

『おまえが、悪いみたいに、言うんだ。そんな事、ない、のに、悔し……』

声を荒げたと思ったら、急に消え入るように声が萎んで、涙の混じる息遣いが進の鼓膜を震え伝わる。

大通りへ出て、タクシーを何度も見送った。客を乗せたタクシーにこれほどイラついたことはない。早く捕まえたい時に限って拾えず、耳元に届く声をあやすのに必死だった。

『好きなのに、間違ってるって……』

途切れ途切れの言葉を繋ぎ合わせて、どうやら親と仲違いしたらしいことを知る。その原因が自分たちの関係だというから心穏やかではいられない。そして一番の問題は甲斐が冷静さをすっかり失ってしまっている今の状況だ。すぐに駆けつけられない距離と、彼がしこたま酒を飲んでいる事実に内心呻く。

相槌を打ちながら、ようやくタクシーを捕まえても、全く安心はできなかった。

「甲斐、今から……」

『早く、来て、こん、ど……』

「五分だけ待てるか?」

本当は五分で着く距離ではない。道が混んでいなくても十五分はかかる。生憎、金曜日の今日は、どこもかしこも車の往来が多い。

『そんなに、待てない。なんで、いないんだよ、バカ……』

進の家で落ち合う約束を反故にしたのは甲斐の方だ。けれど今その話を持ち出したところで何も解決しない。

悪態をついてくる甲斐の声は、悲しみと進を求める気持ちに溢れていた。透けて見えるなんていうレベルではなく、恋しくて仕方ないと、言葉の節々で訴えてくる。いつもなら嬉しいと思えるが、今日ばかりは胸が苦しい。

今すぐ抱き締めてやりたくて、できないもどかしさに、気持ちだけが急いていく。

大丈夫だ、すぐに行くと電話口で言い聞かせながら、長い車の列を睨んで、進は焦れったい時間を耐え忍んだ。







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紫陽花の花言葉を読んだら、ふと浮かんだ話です。
暫し、今藤と甲斐にお付き合いいただけましたら幸いです!

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