甲斐は不器用ではない。その彼が自衛のために嘘をつかず、激情に駆られたのだとしたら、間が悪かったとしか言いようがないだろう。
タクシーから降りて、走って甲斐の姿を探す。一番初めに駆けていったブランコに彼の姿はなかった。
「甲斐!」
『バカ。なんで、来ないんだよ……』
拗ねて愚図る甲斐の携帯から、微かに自分の叫ぶ声が聞こえてくる。近くにいるはずだと、紫陽花の花壇を通り過ぎようとした時だった。
「遅い、バカ。。。」
こっちの台詞だと思いながら、脇から体当たりしてきた塊を受け止める。仕事を終えた後、真っ直ぐ進の家に来ていれば、今頃思う存分甘やかしていたはずだ。
見つかったことにホッとして、ようやく張っていた肩から力を抜く。
「一時間も、待った……」
「悪かった。」
そんなに待たせたはずはないが、甲斐の体内時計はそれくらい長く感じたのだろう。口を開くたびに、バカ、バカと悪態をつかれたが、首を長くして進の姿が現れるのを待っていたのかと思うと、叱責の言葉を飲み込まざるを得ない。
「ッ……」
「甲斐。心配した。」
「来て、くれた……」
「そりゃ来るだろ。甲斐がこんな事になってんのに。」
「言わなきゃ、いいのに……勝手に、言って……バカなの、俺だ……」
「バカでも好きだよ。」
抱き締めようとすると、甲斐の身体が怯えたように震える。力のこもらない腕で突っぱねる姿が痛々しくて堪えた。深夜の公園に人目などあるはずもないが、酔い潰れながらも気にする理性が残っていることを苦々しく感じる。
「帰るぞ。タクシー待たせてる。」
「ん……」
抱き締める代わりに肩を貸して、来た道を戻ろうと身体を翻すと、甲斐がポツリと言葉をこぼした。
「白い。。。」
「ん?」
「紫陽花って、白いっけ?」
街灯に照らされ暗闇に浮かび上がっている紫陽花の萼(ガク)は確かに一見白く見える。しかしよく目を凝らすと青く色付いていた。やっぱり白い、と横で不思議そうに呟くので、酔っ払いの戯言に小さく笑う。
甲斐の言葉をあえて打ち消さずに肩を抱く手を強くすると、すっかり満足したらしく、甲斐は身体を預けてきた。重みの増した肩に甲斐が息を吐き出すと、むせるようなアルコール臭が漂った。
「何で、紫陽花はさ、梅雨に咲くって決めたんだろ……」
「さぁ、何でだろうな。」
「雨ばっか降って、良いことないのに……」
覚束ない足取りと寄り掛かかる重みに四苦八苦しながら甲斐の肩を抱える。落ち込むならそばにいる時にやってほしい。目の届かない場所では、支えてやりたくても手を握ってやることすらできない。
「マゾなのかな。」
あまりに真面目な顔をして言うので苦笑しながら甲斐の顔をまじまじと見つめる。
「俺も、打たれ強くなりたい……」
長雨に身を置きながら、健気に咲く姿を思うと、そんな生き方に羨望の眼差しを向けたくなる気持ちは理解できる。
「おまえが強くなったら、俺の出番がないだろ。慰めがいがなくなる。」
「おまえばっかり、強くて、ヤダ。コレ食べたら、強くなる、かも……」
花壇の柵から飛び出ていた葉を、甲斐がむしり取って口へ運ぼうとする。酔っ払いの奇天烈な行動に呆れながら、慌てて甲斐の手から葉を奪った。
「やめとけ。中毒起こしたらどうすんだ。」
「……毒?」
意外そうな顔をしながら再び葉を取ろうとするので、彼の自由奔放な手を握って宥める。
「洒落になんないからやめろ。」
「あれもこれも、ダメって、うるさい……好きな、だけ、なのに……」
話の向かう先が定まらず迷走しているものの、無碍にできるようなことばかりでもない。普段押し殺しているであろう本音が見え隠れするので、早く安心して曝け出せる場所へ連れ込みたい。それが進の腕の中であることを願うばかりだ。
「帰るぞ。」
「ダメって、言わない?」
「言わねぇから。」
「じゃあ、行く……」
飲んで騒いで眠くなったらしい。待たせていたタクシーへ収まる頃には、すっかり舟を漕いでいた。
「ホント、飽きないよ。おまえ……」
厄介なプライドと愛しい醜態。ここまで酔わなければ弱音を吐かせてやれないのは、進の落ち度だと突き付けられている気がする。肩に頭を乗せ、寝息を立て始めた甲斐に、進は心の中で詫び続けた。
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朝霧とおる