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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

百の夜から明けて8

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百の夜から明けて8

随分、甲斐は洒落た店を選んだものだなと思う。たかが同期の男にここまで気合いを入れるのもどうかと思うが、店内の品の良さにはすぐに心を掴まれた。安い居酒屋通いが常で、どちらかというと騒いでなんぼの男だったが、人間変わるものだ。十年という年月を身に染みて感じる。同時にその年月は、機嫌良く日本酒を喉に流し込んでいく甲斐に心寄せた時間でもある。

考えてしまう。これでいいものかと。想いを募らせたところで二人の関係に先はないのに、何の意味があるのだろうかと。

しかし整った横顔が進の方に向けられ、その瞳に捕まると、あっという間に吹き飛ぶくらいの小さな悩み。そして今宵もそのまなざしに囚われて、この男を気の済むまで好きでいようと決意するのだ。

「なぁ、今藤。年末年始、おまえ、実家帰る?」

「いや。」

「なんで? 別に用でもあんの?」

「今年は出勤のフリして帰らない。たまの休みくらい、何にもしないでゴロゴロしたいしな。」

「うわぁ、おまえ親不孝だな。」

「なんとでも。」

「まぁ、そういう俺も帰らないけど。」

「そう。」

なんでと聞きたい気持ちはやまやまだったが、進はかろうじてその言葉を呑み込んだ。聞きたくない類いの話だと、せっかくの楽しい時間が台無しになる。自ら地雷を踏みにいく必要はない。

両親は見合い話を持ってくるほどには熱心でないものの、三十を過ぎた頃から、結婚を匂わす話を逐一してくる。誰それが結婚しただの、子どもができただの。性的指向が不変である以上、突かれても対応のしようがない。面倒なので、実家への足は年々遠のいて、結局今年は帰らないという結論に至った。

一人っ子だから親に介護が必要なら金銭面に限っては見捨てる気はない。けれど進自身、もうすでに自分の世界で生きており、両親の生活を一手に引き受ける気はなかった。冷たいと言われようとも、自分のあらゆるものを犠牲にしてまで尽くすことが親孝行だという考えは持っていない。双方が幸せであってこその家族だ。

「俺の姉貴が妊婦でさ。今年は静かに過ごしたいから、来んなって言われたんだぜ? 酷くね?」

甲斐の話は、幸いにも進の胸を突き刺すことはなかった。むしろ揶揄いの種が詰まっていて、進は自然と笑みをこぼす。

「甲斐は、家でも煩い、ってわけか。」

「家でも、ってなんだよ。」

「言葉通り。家族も時々は落ち着いて過ごしたいんだろ。」

「今藤、酷い。ムードメーカーって言えよ。俺がいれば、場が和むだろ?」

和むどころか、こっちは心臓が跳ねっぱなしだ。自分の心臓の音が煩くて、甲斐に漏れ伝わってしまうのではないかと、時に緊張で疲れてしまう。それくらい自分は甲斐に惚れているし、この途方もない、先の見えない想いを抱え続けて、あっという間に十年という歳月を過ごしてしまった。

「騒がしい、の間違えだろ。」

「酷い。おまえ、酒井とグルか。俺の有難みを少しは感じろよ。」

横で拗ね始めた酔っ払いに、進は目を細めて殊勝に微笑み返す。

甲斐と同じ営業職の酒井が羨ましい。こんな愛すべきマスコットを常に隣りで愛でられるのだから。けれど白衣姿の甲斐を想像してもピンとこない。甲斐にしっくりくるのは、やはりスーツ姿だろう。特別長身ではないが、すらっとした体躯はスーツを着こなすには十分と言える。そしてきりりと締まった顔立ちは好戦的で、実に営業向きだった。

「俺って、煩い? やかましくてウザい?」

急に真面目モードで尋ねてきた甲斐に、酔っ払いの気まぐれさを思う。心臓に悪いことをしないでくれというのが進の本音だったが、甲斐の問いに妙な間を空けることなく答えた。

「別に。おまえが率先して幹事やって盛り上げてくれるから、俺らの代は仲良いだろ。面倒臭がりな俺としては大助かりだけどね。せっかくの同期なんだし。」

進の言葉に満足したらしい甲斐は、テーブルにつけていた頬を離して急に顔を上げる。

「だろ? 俺っていいやつだよねぇ。」

「自分で言うならダメだな。」

「なんだよ。なぁ、酒井に自慢していい? 今藤に褒められたって。」

「自慢になんのか、それ。」

いったい、普段酒井とどんな会話をしているのやら。甲斐と酒井のことだ、どうせ碌でもないことで盛り上がっているのだろう。

「今藤は手厳しいから滅多に褒めないけど、褒められたって言えば、俺の株が上がる。」

「上がるといいな。」

「酷い、今藤。棒読み!」

相当飲んでしまった。お互い酒が強くて潰れないことだけが救いだが、甲斐の呂律と思考回路が段々怪しくなってきた。少し頭の緩い酔っ払いでとどめておくには、このあたりで酒の供給は止めた方がいいだろう。

マスターと目を合わせ、甲斐に悟られないよう二つ分のお茶をお願いする。甲斐は差し出されたお茶を特に疑問もなく口に付け、満足したような溜息をついた。

「お! もうそろそろ終電じゃん。帰んなきゃ。」

甲斐が駄々を捏ねなかったことに、進は心底ホッとする。帰りたくない、まだ飲み足りないと強請られたら、危ない橋を渡る覚悟をせねばならなかった。そうならなかったことに、少しばかりの落胆と大きな安堵を得て、二人で支払いを済ませる。

立ち上がった甲斐はふらつくことなく駅に向かって進の隣りを歩き始める。

「じゃあな、今藤。良いお年を。」

「ああ、また来年な。」

改札口であっさり別れを告げたものの、甲斐がこちらを見たまま去ろうとしない。見つめ合って妙な気を起こしたくないと進は自衛をし、すぐに甲斐へ背を向けて階段を下り始める。甲斐がそのまま進の背中を見続けていたかどうかは、一度も振り返らなかったのでわからないままだった。











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