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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

百の夜から明けて7

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百の夜から明けて7

お猪口を持つ今藤の手が色っぽくて見惚れる。頬杖をついている手から伸びる長い指が、時々彼の頬を叩いていた。まくり上げたシャツからのぞく腕は細く、血管の筋が薄っすらと見える。どこからどう見ても男だが、その雄の気配に雅人は今宵酔いしれていた。

カウンターしかない店内は、配置された調度品にも料理を盛り付ける皿にもこだわりが見て取れる。向き合って今藤の目を見つめ続けるよりは、横に並んだ方が幾分緊張も解れるだろうと、雅人はこの店を選んだ。

今藤と飲むときはバカの一つ覚えのように言葉を探さなくてもいい。ムードメーカーの役目は一旦返上し、ぽつりぽつりと自然に口からこぼれ落ちていく言葉をそのまま今藤に差し出していた。今藤といる時は沈黙だって違和感をおぼえない。それは今藤サイドも雅人に対してそう思ってくれているからこそ成り立つ、居心地の良い時間だ。

好きだな、と心底思う。酒が入って思考回路に締まりがなくなった今も、雅人はその想いを痛感し、隣りに座る男を好きだと叫びたい気持ちになっていた。

「上田の仕業だよ。」

目を細めて微笑む顔に胸をグッと掴まれる。

先日、今藤が雅人の誘いを断った原因を問うてみたら、今藤はそう言って笑った。

いいな、上田。今藤に気に入られてる。

それが研開のマスコットキャラクター的な意味であっても好感を持たれている事実には変わりない。

せめて部署が一緒なら、いつでも今藤の横顔を眺めていられるのではと思ったが、彼らだって研究室で遊んでいるわけではない。それでも今藤と同じ空間にいられる上田という新人が、羨ましくて妬ましい。

「データ集積は一区切りついたわけ?」

「あぁ、なんとか。まぁ、大掃除は結局やらずじまいだったけどな。」

「研開の場合、いつものことじゃん。」

雅人の指摘に今藤が笑う。この顔を独り占めしていることに優越感しかない。絶対誰にも渡したくないのに、自分は告白すらできないし、するつもりもない。いつか誰かに横から掻っ攫われてしまうのか。目にする瞬間まで、どうアクションしてしまうかは自分でもわからない。

「俺が行って、片付けてやろうか。」

「断る。」

今藤が即答する理由には心当たりがある。

「なんでだよ。」

それでも問うのは、もはやじゃれ合いのようなものだ。

「酒井のやつが、甲斐は片っ端から全部捨てるって言ってたから。それじゃあ困る。」

「必要な物は取っておくって。酒井のやつがゴミに囲まれて仕事してんのが悪い。」

今藤の言葉に、雅人の予想を超えるものはない。それでいい。安心して旨い酒を飲むためには必要な戯言だ。

「酒井、新人指導どうだって? おまえも去年、ヒィヒィ言ってたけど。」

常盤食品において研究開発部は業務の要だから、コアになってほしい新人研究員を必ず一人は採る。採用された側は配属される研究室が必ずしも専門分野ではないため、教育にはかなり熱心だ。二度ほどしか経験のない雅人や酒井と違って、今藤は毎年新人教育に追われているようなものだった。彼の熱心さや丁寧さによるところも大きいが、教育者としての今藤は二人にとって先輩のようなものだ。

「酒井のやつが担当の子から営業向いてないって泣きつかれて、結局事務職に異動希望出させたんだよね。幸い簿記の資格持ってる子だから、経理には需要ありそうだけど。まぁ、人数の兼ね合いもあるし、現時点では微妙だな。」

「やっぱりどうしても経理やりたい、ってことで異動すんなら物になるだろうけど。ちょっと不安だな。」

「だろ? その点、上田くんは順調そうだよね。」

「おっちょこちょいなんだけどな。まぁ、一生懸命だから。二十年もすれば物になるんじゃない。」

「二十年って。まぁ、そうだよな。研究者ってそういうもんかも。じゃあ、おまえもまだヒヨコなわけ?」

こんなに男前で態度もそれなりな今藤が雛鳥かと思うと、笑いがこみ上げてくる。似合わないにもほどがある。

「まだ研究者としてはど素人だよ。って甲斐、何笑ってんだよ。」

「おまえと可愛いまんまるのヒヨコはミスマッチだろ。」

「自分で言い出しといて、なに一人でツボに嵌ってんだよ。」

酒の所為だと思う。酒の所為にしよう。雅人は幸せな浮遊感に満たされていた。だらしなく顔全体の筋肉が緩んでいる自覚はあったが、今藤相手にいまさら格好つけても仕方がない。

思えば入社してから事あるごとに今藤に愚痴を言っていた。営業部長が厳しい人で新人時代はよく泣かされたけど、そのたびに酒を飲み交わしながら今藤にお供を頼んだっけ。今藤はいつでも穏やかな顔で受け止めてくれる。当たり前にくれる優しさに甘えっぱなしだった。

今藤はお人よしだなと思う。好きになってからは、よりその有難さを身に染みて感じるようになった。きっと彼のパートナーになったあかつきには、毎日惜しみなくその優しさに包んでもらえるのだろう。羨ましい。少しくらいおこぼれが欲しい。今この瞬間、雅人はそのおこぼれを頂戴している。

「はぁ・・・。今年も俺、頑張ったなぁ。今藤、褒めてよ。」

「はいはい。よく頑張った。年明けたら、企画部から降りてくる新しい案件よろしく。」

「今藤! 俺は今年の労をねぎらって欲しいだけなんだよ。来年の仕事は、今思い出したくない。」

「甘えんな。三月末まで気抜くなよ。数字未達だろ。」

「今藤は鞭の方が多いよなぁ。」

そんなことはない。今藤は飴の方をたくさん与えてくれる。けれど雅人がテーブルに突っ伏して凹んでいるのをさらに追い立てて揶揄ってくるので、雅人は口を尖らせて抗議した。そんな雅人を横目に、今藤は目を光らせて殊勝な態度で応戦してくる。

「飴が欲しけりゃ、もっと敬えよ。」

「なんだ、それ。俺はいっつもおまえの事、営業部とか客先でリスペクトしまくってんぞ。」

「どうだか。」

どうでもいい事を言い合って、好きなやつと飲み交わすこの時間が愛しくて仕方ない。想いが届かなくたって、せめてこの時が永遠ならいいのに。

雅人は酔いが深くなっていく中、夢心地で今藤と二人きりの忘年会を過ごした。












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