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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

百の夜から明けて6

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百の夜から明けて6

無自覚にやっているなら相当なたらしだと思いつつ、ビニル袋に収められたスイーツや菓子パン、カップ麺を取り出す。研究室で早速披露すると菓子パンやカップ麺は早々に消えていったが、進以外甘党はいないのでスイーツだけが手元に残る。

「これ、どう考えても俺宛てだよな。」

甲斐は進が洋菓子好きだということを知っている。何かの折に話したのだ。進が甲斐に対してオープンにした数少ないプライベート情報。研究室のメンバーも知っているくらいの情報だ。顔に似合わないと甲斐は笑っていたものの、良いことを聞いたとでもいうように嬉しそうにしていた。

甲斐からの着信に正直少し疎んだ。しかし彼の顔を見たらいっきに毒気を抜かれた。多分もう会っても大丈夫だと心の落ち着き具合を確認し、おそらく年末最後になる甲斐の誘いに乗った。

今日はトラブルを起こした上田に感謝したい。断る口実を作ってくれたのも、甲斐に差し入れをさせるに至ったのも、上田のおかげだ。個人的事情を多く含んだ感謝の言葉は本人に伝えるわけにはいかないので、心の中でこっそりと礼を言う。

「そっちの分解、どう?」

課長が大量のシャーレを運びながら声をかけてくる。見ているこっちがひやひやするので、できれば運び終えてから確認に来てほしいところだが、本人は全くの無自覚ようだ。

「あと一時間切ってます。データ起こすところまで、今日やっていきます。」

「あ、そう? よろしく。」

「はい。」

のそのそと危なっかしい仕草でシャーレを持ちながら去っていく課長を見送る。彼は持ち分の研究が一区切りついたところだろうから、このまま帰宅だろう。彼は明日、上田と早朝の機械当番だ。

進は有難く甲斐から差し入れてもらったロールケーキと濃厚プリンをお腹に収め、自分の持ち場に戻る。機械の中では試験管が絶え間なく揺らされ、適温に保たれた中で分解を促されていた。

「やっぱり、こうしてるのが一番落ち着くな・・・。」

試験管の中で起こる劇的な変化を思えば、自分の悩みは些細なことに思える。周りからは単調な作業でつまらないと称されるが、忍耐力があって凄いと甲斐には尊敬された。唯一そこだけは自信を持って誇れるので、評価してもらえたことは素直に嬉しい。

甲斐が進のことを褒めたのは一度や二度じゃない。人としては好かれているなと思う。歯痒くも気持ちが止まらないのは、彼に同じ社会人としてリスペクトされているという自信があるからだ。

でもこれ以上は近付かない。近付けない。同じ会社に勤める同性に好意を持ったところで、気持ちを吐露すれば先は見えている。二人の仲はあっという間に形を変えて、今均衡を保てていることが嘘のように崩れ去っていくだろう。

進はデータ収集の準備を整えながら、機械のドアに薄っすら映る自分の疲れ顔を見て苦笑した。

 * * *

実験が遅れ、機械を止めるのも遅れたため、今年最後の出勤日は掃除ではなくデータ集積に追われた。掃除は事務員が研究員の間を縫うように済ませてくれたが、個々のデスクは酷い有様だ。

「警備の人が午後の一時に巡回して施錠するらしいから、それまでに出て。」

「わかりました。」

上田は残ってデスクの書類と格闘するらしい。他の面々は毎年のことだと諦めて、すでに帰り支度をはじめていた。進も甲斐との約束がある。本社前で待ち合わせて、そのまま電車で新宿へ出ようという話になった。

「上田、お疲れ。」

「お疲れ様です。一年お世話になりました。」

「来年も頑張れよ。」

「はい!」

上田は要領が悪いものの人懐っこい。何事も一生懸命取り組もうとはするので、結果はさておき、研究室のメンバーからは一家に一台という癒しの存在として可愛がられている。ぺこりと律儀に頭を下げてきたので、進も小さく手を挙げて応えた。

階段を降り、研究棟の外へ出て本社ビルへと向かう。年末の時間が惜しいこの時、彼女を放って自分なんかと会っていていいのかとも思うけれど、甲斐を独占できる充足感は底知れない。

甲斐は他に人を呼ばないと言っていた。旨い酒を飲んで同期会とはまた違うのんびりした忘年会を二人でやろうと誘われれば、進には拒む理由も見当たらない。彼女を差し置いて、なんていう罪悪感はこれっぽっちも湧かなかった。

「今藤、お疲れ。」

「中で待ってろよ。寒いだろ?」

「連絡もらって、今出てきたばっかだって。行こうぜ。ホント寒いな今日。」

二人並び立って、急ぎ足で駅の改札口を目指す。雪でも降りそうな冷え込みだ。天気予報でも夜は雪がちらつくかもしれないと言っていた。

「今日さ、日本酒の旨いとこ予約取ったんだ。」

「絶対、熱燗だな。」

「だよな。」

甲斐の顔が自然と綻ぶのを見て、進も微笑み返す。ビール片手に豪快な宴会を催す気分ではなかったから、アルコール度数がほどほどにある日本酒で喉を熱くさせ、のんびり飲み交わせるのは嬉しい。

そういえば最近、甲斐の選ぶ店が騒がしい店から落ち着いた雰囲気の店へと移行している。出会って十年も経てば、趣味趣向も変わるものだろう。日本酒の旨い店という言葉に期待を膨らませつつ、新宿までの道を二人で電車に揺られた。
















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