飲み過ぎた同期の世話を買って出て持ち帰るのはいい口実だ。今までの二人を知っている同期からしてみればいつもの流れで何ら違和感はない。最初は酔ったふりをしているのかと思ったら、どうやら気付かぬ間に深酒をしていたらしく、甲斐の足元は覚束ないものだった。
「今藤、キスしよ?」
玄関に辿り着いていなかったら、さすがに肝が冷える台詞。甲斐の革靴を脱がしてやると、上機嫌に強請ってくる。
「ん・・・ふぅ・・・」
甲斐の呼気はアルコールに満ちていた。ほどよく酔って、寛げる家に辿り着いた途端、タガが外れたんだろう。二人の関係がバレてはいけないと甲斐が必要以上に気を遣っていることを進は気付いている。酒井の前であんな際どい話をしたのは甲斐への荒治療だ。
「甲斐」
「ん・・・。」
素直な甲斐は滅多に見られない。揶揄ったりしたら当分見納めだ。進は目の奥へ彼の珍しい姿を焼き付けて、微笑んで強請ってくるままに口付けをする。
「随分酔ってるな。」
「酔ってない。」
酔ってるよ、と耳元で囁くと、くすぐったそうに甲斐がしがみついてくる。その姿に煽られて、進は甲斐のシャツやらズボンを手際良く脱がせていった。
酔っていないと反論してくるのは酔っ払いならでは。それに普段の彼ならこんな素直に脱がされたりはしない。自分でやると言って聞かないし、脱がせてくれたとして悪態の一つや二つは食らうだろう。
散々言葉攻めをしたから、耐えかねて飲み過ぎたのだろう。原因は進にある。だから彼をこんな風にした責任をきちんと取るつもりだ。
「ッ、はぁ・・・」
眠そうに身体を預けてくる彼を抱き締めると、ホッと溜息をこぼしてさらに寄り掛かってくる。進はそんな甲斐の頬にキスをしてシャワーのコックを捻ってお湯を被った。
「んッ・・・ふぅ・・・」
「悪い。ちょっと冷たかったな。」
一撃目の水に眉を顰めた甲斐だったが、すぐに進の腕の中で安堵の顔に変わる。水もすぐに温かい湯へと変わった。こんな貴重な彼を見られるなら、時々ここまで酔わせるのも一興かもしれない。しかし外でこれをやられた日にはたまらない。心の葛藤を思うと危ない賭けだ。
「甲斐、もうちょっと我慢な?」
「ん?」
さすがにぐっすり寝られてしまうと、ベッドまで運んで行くのは困難だ。悪戯心を封印して、進は二人分の汗とアルコールの匂いを洗い流していく。
「甲斐、俺が話したこと、イヤだった?」
酔っ払いから本気で聞き出したいわけではない。ただ、眠らせないために頭を使わせるだけだ。
「んー・・・」
眠くて答えるのは億劫だと言うように、甲斐が腕の中で唸る。
「甲斐、教えて?」
苦笑しながら進が答えを促すと、眠気まなこがこちらを見上げてくる。
「俺・・・可愛く、ない。女じゃない、よ。」
「甲斐が女だと思ったことはないし、そんなものは求めてないよ。」
進が調子に乗ってこぼした言葉を、ちゃんと甲斐は拾っていたらしい。口には出さないけれど、進と付き合う上で彼が引っ掛かっていることなんだろう。今までそんな反論をされたことはないように思うが、甲斐がいつも気にしながら進に言えないことなのかもしれない。
「素直じゃないし、おっちょこちょいだけど・・・俺は甲斐のそういうところが好き。」
「好き・・・。」
「そう。甲斐が好き。」
普段、面と向かって好きだと言い合うことは少ない。けれど取り繕うことなく剥き出しの甲斐の前では、進も素直にその言葉を言うことができる。小出しにしていければ擦れ違うこともないんだろうけど、甲斐は恥ずかしがって突っ返してくるだけのように思える。
伝えたいことはたった一言で事足りる。しかしその一言を伝えるために、自分たちはたくさんの寄り道をしながら、どうにか寄り添っているのだ。
「今藤・・・」
「うん?」
「俺も・・・好き。」
「うん。」
「でもさ・・・」
甲斐が本当に困り顔で首を傾げてくるので、進はドキリと心臓を打ち鳴らす。
「どこが、好きなのか、わかんなくて・・・。」
「そっか。」
「でも、好き。」
「じゃあ、同じだな。」
「ん・・・。」
進が同調したことで安心したらしく、甲斐が瞼を閉じながら繰り返し同じだと呟く。しかし徐々に寄り掛かる重さが増していくことに進は危機感を覚えて、甲斐を揺り動かした。
「ほら、甲斐。あともう少しだから寝るなよ。」
「ん・・・?」
自分で酒のセーブもできない世話のかかる恋人だけど、こうやって面倒を見るのは嫌いではない。
肌の上に残る湯の玉をタオルで素早く拭い去って、素っ裸のまま甲斐をベッドへ引っ張っていく。夏も近いこの季節。タオルケットにくるんでやれば風邪など引くことはないだろう。半分夢の中にいる甲斐に服を着せるのは手間と時間がかかり過ぎる。
「甲斐。もう、いいぞ。」
「ん・・・今藤、も?」
「俺も寝るよ。」
進の答えに、甲斐が返事を寄越すことはなかった。アルコールに負けた恋人は急速に夢の中へと引きずり込まれて安らかな寝息を立て始める。
「甲斐、ごめん。ちょっと、揶揄い過ぎたな。」
脱力し、無防備な寝顔を晒す恋人に進は言葉だけの謝罪をする。慌てふためく甲斐を見て満たされた自分を完全には否定できない。ただ優しさだけを注げない進に、甲斐は振り回されてばかりだ。
「おやすみ。」
小さくない幸せを噛み締めながら甲斐の額に唇を寄せて、進は安堵の溜息と共に目を閉じた。
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エロだけが全てじゃないと自分に言い聞かせないと、キーボードを打ち鳴らす私の手がすぐにそっちへ動き始めるので自制しています(笑)
とりあえず、明日で一旦ピリオドです!
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朝霧とおる