「旨い。」
「そう?」
「あんま、辛くないな。」
白米を炊いたまでは良かったが、おかずどころか味噌汁すらなくて、二人でその間抜けさを笑った。近くのコンビニまでいそいそと調達しに行って今に至る。
「サイズも食べきるには丁度いいし。」
「だろ?」
殊勝な顔で微笑んでくる今藤に笑いながら雅人は頷いてお腹を満たしていく。三大欲求の内、二つを果たしたから、最後に睡眠と言いたいところだが、あいにく眠気はまだやってきていない。
「なぁ・・・食ったら・・・」
「もう一回な。」
「・・・。」
なんてことない顔で今藤が言葉を被せてくる。奇妙に噛み合ってしまうのが怖い。時々、思考を読まれているんじゃなかろうかと、心配になったりもする。彼に寄せる想いは穏やかな好意だけではない。ドロドロと消化しきれない嫉妬心だってあるから、心を覗き見られていたら困る。
「学会は、どうだったんだよ。」
「講演会は楽しいんだけどな。展示が疲れる。」
「展示、楽しそうじゃん。」
雅人としては、機会があるなら参加したいくらいだ。自分の話した相手が興味を持ってくれる、なんて展開になればなおさら楽しいだろう。
「準備が力仕事なんだよ。展示会がスタートしたら実際に前出てやるのは広報のやつらなんだけど、俺たちもリーフレット配るくらいはやるから。一日中立ってるから、疲れる。」
「そっか・・・客の前で呑気に座ってらんないもんな。」
「そう。何でもそうだと思うけど、やっぱり向き不向きとか、あと・・・慣れもあるかな。」
今藤の言葉に雅人も頷いて、スーツで目の前の男が会場に立ってリーフレットを配っている姿を想像する。しかしどうしてもしっくりせず、いつもの白衣姿を思い出して心が和んだ。
「うん、やっぱり今藤は白衣の方がいい。」
勝手に納得して頷くと、今藤が雅人を見て笑う。
「白衣の方が惚れる?」
真っすぐな視線に射抜かれて、心臓を掴まれる。雅人は顔の熱さを誤魔化すように、素っ気ない口調で応戦する。
「・・・自分で言っちゃうところが減点だな。」
「突き抜けて点数が良いはずだから、ちょっとくらい減点されても問題ないよ。」
「おまえのその自信なんなの。」
「後ろ向きよりいいだろ?」
一向に収まらない顔の火照りに屈して、俯きながらモソモソとご飯を口に運ぶ。時折ピリッと舌を走る刺激とプチプチとした食感がたまらなく美味しい。なんとかそちらに意識を向けようと、雅人はせっせと箸を進めていく。
「そういえば酒井からも飲もうぜ、って連絡来たんだけど、おまえがしてた話と同じだろ?」
「あ、うん。たぶん。」
「甲斐に彼女ができたかもしれないから吐かせよう、っていうのは何の話?」
「ッ!?」
勢いだけで飲み込んだご飯に、雅人の喉が悲鳴を上げる。ついでに横隔膜まで暴れ出して、咽ながら、しゃっくりを連呼した。
「ち、違うッ! 酒井が勝手に勘違いしてるだけだって!」
「じゃあ、出張中に浮気された心配はしなくていいわけだ?」
「変な心配すんなッ!!」
「別に変じゃないだろ。真っ当な心配だけど?」
「・・・。」
揶揄っているのかと思いきや、意外に真面目な口調で返されて、雅人は今藤の言葉に戸惑う。
「俺だって、そのくらいの心配はする。甲斐はさ・・・嫉妬したり、不安に思ってるのが自分だけだと思ってない?」
「・・・。」
「勝手に一人で悩んでバタバタしてる甲斐も楽しいけどさ。」
「・・・酷い、おまえ。」
微笑みながら言う事じゃないぞと心の中で突っ込みつつ、今藤の諭すような口調に強く否定をする気にはなれない。
「甲斐は酒井と仲良いじゃん?」
「仲良い、っていうか、まぁ、部署も同じだし、席も隣りだし・・・。」
「時々、イヤだな、って思うことがある。そんな事言ったって仕方ないのはわかってるけど。」
「え・・・?」
「付き合う前は全然思わなかったんだけどさ。付き合うようになってから、独占欲が強くなったかな。甲斐は俺のもんなのに、そんな軽々しく触るなとか。」
「・・・。」
今藤の口からそんな話を聞くことになろうとは夢にも思っていなくて、慌てて酒井とのことを振り返ってしまう。涼しい顔をして笑っているから、いわゆる嫉妬なんていう感情とは無縁なのだと思っていたのだ。
「なんかさ、そういうのって逐一言い合ったところで、どうにもならないじゃん。仕事しないわけにもいかないし。」
「・・・うん。」
「でも、甲斐が一人で鬱々と悩んでる気がしたから一応言っておく。嫉妬したり、不安になったり・・・そんなの当たり前じゃん。甲斐が他の誰かとヘラヘラ笑ってんの見ると、俺だけ見てろバカ、って思うし。」
今藤の言い草がおかしくて、雅人も自然に笑みをこぼす。
「俺に言ってスッキリするならそれでもいいし、強がってグダグダすんのも甲斐の勝手だけどさ。自分だけ、って思いながら悩んでるなら、それは違うから。」
「・・・うん。」
気持ちを汲んでくれる優しさに胸が震えつつ、さすがに気恥ずかしくて素直にありがとうは言えない。今藤の前で泣きそうになって歯を食いしばるのは、これで何度目だっけ。
何事もなかったように再び箸を動かし始めた今藤にならい、雅人も大きく口を開けて、ご飯と明太子を頬張った。
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朝霧とおる