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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

百の夜から明けて4

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百の夜から明けて4

気怠い休日を明けると待っていたのは機械トラブルだった。今年入社したばかりの研究員が機械操作を誤って、けたたましい警告音を鳴らした後、うんともすんとも反応しなくなった。

いつもなら溜息のひとつもつきたくなる事案だが、進は率先してエラー解除の仕事を買って出た。誤操作をしてしまった研究員をそばに呼び寄せて手順を説明していく。今日は仕事に没頭したい。その願いを聞き届けてくれたように降ってきたトラブルが進の心を穏やかにする。

エラーを無事解除したところで、機械を再起動し本格的に実験を再開できるのは夕方以降だ。万が一、甲斐が飲みや食事に誘ってきても、堂々と断る口実ができた。トラブルに関しては必ず社内の週報にも載せるから、確実に納得してくれる。甲斐は各所での話のネタにきちんと週報を読んでいるから、なおさらだった。

今夜は会いたくない。もう少し頭を冷やしたい。いつものノリで気安く肩を叩かれたり、十年前の一件を持ち出されたりして、冷静でいられる気がしなかった。別に会ったところで心配するほど取り乱すことはないだろうけれど、気分は良くない。再びさらりと流せるようになるまで会わずに済むならそうしたい。ただそれだけだ。

「今藤さーん。あ、今藤さん、いた。」

研究開発部の事務員が研究室のドアを叩いて顔を覗かせ、機械の影から頭一つ出していた進を見つけてやってくる。

「マレーシア支店の島津さんからお電話です。折り返します?」

「いや、今出るよ。上田、ここのランプが緑に変わったら、このレバー上げて。」

「はい、わかりました。」

恐縮しきっていて、さらにミスを重ねそうな上田に、明確な指示を残して機械のそばを離れる。営業が研究開発部に連絡を寄越してくるのは、成分表が欲しい時や、客からの要望で専門的な知識が必要になった時など様々だ。特に新商品をイスラム圏で展開していく時は、営業からの要求は細かく多岐にわたる。

「はい、研開の今藤です。」

『島津です。お忙しいところ、すみません。商品ナンバー218から223までの成分表が英語表記で欲しくて。』

進は聞き取った商品番号をメモ用紙に走り書きしていく。商品六つはなかなかの量だ。

「218から223ですね、了解です。例の炊き込みご飯の素ですよね。いつまでに欲しいですか? 今日中であれば、夕方の五時頃まで待っていただければ、なんとかします。あ、そっちだと・・・夕方の四時ですかね。」

今日はどのみち夕方まで機械は本稼働しないから、逆にそれまでの時間は自由がきく。もちろん他にも仕事は山積みだが、研究を再開するとなかなか研究室から出られないから、この電話はタイミングが良かった。

『助かります。三日は覚悟してましたけど、もしかして機械止まっちゃったとか?』

「そうなんです、今さっき。」

『ラッキーとか言っちゃダメだろうけど、運良かったな。今度、出張でそっち行く時、顔出すね。みんなにもよろしく伝えてください。』

「はい。」

『じゃあ、連絡待ってます。』

「お疲れ様です。」

『お疲れ様。』

マレーシア支店は海外での和食ブームも手伝って、業績がなかなか好調だ。新しい商品も次々出ている。

進は研究室へ戻る前に商品管理の部屋に赴き、商品のデータベースを開いた。さきほど島津から注文のあった商品番号を検索し、プリントアウトをして持ち出す。

そろそろ研究室に戻ってやらないと上田が余計な誤操作をしかねない。仕事に忙殺されたいとは願っていたが、さすがにこれ以上の停滞は痛いので、すぐさま研究室へと向かう。進が戻ると、上田がレバーを上げるか下げるかで悩んでいる最中だった。上げろという指示は上田の耳を素通りしたらしい。やはりまだまだ見張りが必要な新人だと内心溜息をつく。

しっかりメモを取らせながらエラー解除の作業を再開し、その傍ら、進は島津の仕事を片付け始めた。
 * * *
どうにか成分リストを島津に送った後、再起動を終えた機械が動き出した。試験管に入れてあった古い溶剤を片付けて、新しいものを揃えて実験を始めた。疲労困憊の上田は使い物にならないと早々に帰し、早朝の機械当番を言い渡す。心底ホッとしたような顔になんだか笑える。新人時代の自分もこんな風だったかと思い出そうとして、結局先週末から自分の心に燻り続けていることにぶち当たってしまう。

「しばらく、ダメだな。」

マスクをしたままの呟きは誰の耳にも届かなかったらしい。周囲を見渡すと、皆、試験管やシャーレの相手に夢中だった。

胸に巣食う負の連鎖はしばらく断ち切れそうになかったが、小出しにしていけばいずれ収まるものだ。気長に自分を宥めていくしかない。

進は自身が担当する試験管に溶剤を均等にスポイトで入れていき、一息つく。そしてもう一度気合いを入れて、慎重に試験管を機械の中に収めてドアを閉じた。あとは機械が終了の合図を報せてくるまで手が空く。

一服してこようと席を立ってロッカーに財布を取りにいくと、携帯が着信を告げていた。予想通りの相手に嬉しいやら悲しいやらで気持ちは複雑だ。甲斐から食事のお誘いだった。同期の忘年会は散々飲んだから、次は落ち着いて食事でも、ということだろう。

前のめりで承諾したい気持ちをどうにか抑えて、残業の旨を返信する。彼なら他にいくらでも相手がいるだろうから、進に断られることくらい、大した問題ではないだろう。

返信のあるなしに気を取られないよう、携帯をロッカーの鞄へ戻す。財布の中から小銭だけ取り出して、進はすぐにロッカーへ鍵をかけた。

















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