甲斐がいない部屋に上がり込むのは初めてだ。トランクは部屋へ上げてしまうと床が汚れると思い、玄関先に置かせてもらった。
キッチンを通ると、すでに炊飯器が稼働して音を立てていたがタイマーは七時半を表示している。おそらくそのくらいに甲斐は帰宅予定なのだろう。まだ予定時刻まで一時間ほどある。
もうすでに何度も訪れたことのある、勝手知ったる恋人の部屋。
進はバスタオルとフェイスタオルを借りてバスルームへ直行する。
「入ってる間に帰ってきてくれると、ラッキーなんだけどなぁ・・・。」
そうすれば甲斐をバスルームへ連れ込んで、約束通り一緒に入れる。
しかし不在であるなら、この一時間で出張先で拵えた疲れ、主に滞在先のビジネスホテルで溜まった鬱憤を流し去りたかった。寝不足のイライラを甲斐にぶつける事は絶対にしないが、その気配すらも見せたくはない。せっかく甲斐といる時に、嫌な事を思い出したり愚痴ったりして、つまらない時間を過ごしたくないからだ。
「はぁ・・・疲れた・・・。」
講演に関しては準備がものをいう世界だから、当日はさほどやる事がない。しかし展示に関しては設営があるため、体力も削がれる。広報部が指揮を執っている分、進と上田は単純作業の力仕事に回される。上田も慣れない広報活動に借り出されて、講演より展示の方が疲れたと苦笑いしていた。
疲れると無性に抱きたくなるのは、身体が危機的な状況にあることを察して本能が目を覚ますからだと思う。
昨夜甲斐に電話をした時は、まだ冷静だった。一人部屋でもないし多少なりとも緊張を強いられていたから、どこかで歯止めが掛かっていたのだろう。
けれど甲斐の部屋に辿り着いた途端、ストッパーが外れてこのざまだ。自分の下半身を見下ろすと、のっぴきならない状況なのは見ての通りだった。
甲斐は自分だけが寂しさに囚われて悶々としているのだと思い込んでいるようだが、この熱情を見て思い知ればいい。甲斐の顔を見た瞬間襲えるくらいには惚れている。
髪を一通り洗い終え、ボディソープで擦り洗っていると、バスルームの外で人の気配を感じる。進が外へ目をやると、見えたシルエットですぐに甲斐だとわかった。
「甲斐、来いよ。」
返事を寄越してこない甲斐に、進は薄っすら笑みを浮かべる。多分恥ずかしくて反応に困っているのだろう。けれど洗面所で服を脱ぎだしたようで、彼の気が変わって怯むことのないように進はバスルームのドアを開けた。
「おかえり、甲斐。」
「おまえこそ・・・おかえり。」
拳付きの挨拶は照れ隠しなんだろう。進は腕に軽い衝撃を受け止めて、甲斐の手を取ってバスルームへ招き入れた。
予定より早く仕事が終わったのか。それとも最初から第一ラウンドの時間を見込んでの炊飯器のタイマーだったのか。いずれにしてもタイミングのいい帰宅だと思う。
引き寄せて奪った唇がふにゃりと柔らかく歪んで、進の疲れた身体を癒してくれる。
「甲斐、なんかオイルとかジェルある?」
「一番端のやつ。」
恋人を視界に入れた途端、脳が焼き切れるような感覚になり、出張が大変だったとか酷使した身体が悲鳴を上げているとか、全てが吹き飛んでしまうのが自分でも笑える。
「甲斐、俺がやっていい?」
確認しつつもすでにボディソープを手に取って、彼の秘部に指を滑り込ませる。
「ッ・・・」
キスの合間に甲斐の顔色を窺うと、悪くはなさそうだ。反射的に怖がるのも最初のうちだけで、甲斐の身体からは次第に力が抜けていく。深呼吸をしながら進の指の動きに合わせるのは、もう慣れたものだ。
「んッ、はぁ・・・」
湯が体内を洗っていく感覚は、進に経験のないことなのでわからないが、かなり独特なものだろう。額を進の胸に押し付けてきて刺激に耐えているようなので、そっと彼の額にキスを贈る。
「なぁ。」
「ん?」
浴室に必要のないオイルは、明らかに二人の営みのために置かれているものだ。それを進が遠慮なく手に取ると、甲斐が目を合わせず少しぶっきらぼうに尋ねてくる。
「何すれば・・・喜ぶわけ?」
昨夜、戯れでした電話での話だろう。恥ずかしさを押して、こんな風に必死な顔で聞いてくること自体、進を昂らせる。
「今のままで十分だって。」
「でも・・・」
「ホント。興奮してんだろ?」
「・・・。」
「な?」
居た堪れなさに耐えきれないとでも言うように、進の問いには答えず、甲斐がそっぽを向く。そんな姿に進はまた煽られて、オイルをまとった手で甲斐への侵攻を始めた。
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朝霧とおる