毎晩、違う客に連れ回されるのもなかなかの労力だと思う。酒に強いことも、体力があることも、今までの付き合いでわかっている事とはいえ、やはり今藤の事が心配になる。飲み過ぎるなよ、と今まで言ったことのない言葉を吐いて、電話の向こうで笑われた。
「笑い事じゃないし・・・。」
本心から心配しているのに、適当な流され方が気に食わない。
『俺としては、甲斐の方が心配かなぁ。』
「別にいつも通りだよ、こっちは。」
『いつも通り、寂しくなって泣いてたら困るだろ。』
「出張ごときで泣かないし。」
寂しいのだと言い当てられて悔しさもあるけれど、さすがに泣いてはいない。そこまで思い詰めているのを想像するだけで、自分でも引く。
「大丈夫なのか、電話。」
『今日、二手に分かれてて、あっちはまだ帰ってきてないから。』
「そう、か・・・。」
『俺の方が明日早いと思うから、飯の用意、俺がしようか?』
「いや、家出る時やるからいいよ。」
『そう。じゃあ、よろしく。鍵使うけどいい?』
「おう。」
初めて恋人に合鍵なるものを渡したのが、つい一か月ほど前。今藤の方がくれたのは先で、そのおかげもあって雅人も迷うことなく彼に鍵を渡した。
今、家で良かった。外にいたら、この火照った顔を隠す術などないから。
「そういえば、風呂は?」
『入ったよ。ああ、別にしてもいいけど?』
「は? するって何を?」
『するって言ったら、アレしかないだろ。』
今藤の意図していることを察して、雅人はさらに顔を熱くさせる。いつ相部屋をしている住人が帰ってくるかわからないというのに、どんな神経をしているのだと疑いたくなる。
「お、おまえ、バカだろ! 相手、帰ってきたらどうすんだよ!?」
『残念、憶えてたか。』
彼の笑い声に、揶揄われたのだと気付いたが、雅人の動悸はなかなか鎮まらない。
『でもさ、甲斐が一人でしてるの黙って聞いてるだけならバレないだろ?』
「いや、しないし! ホント、バカじゃねぇの!!」
『わかったから、電話口できゃんきゃん騒ぐなよ。』
楽しそうに笑っている姿が目に浮かぶようで腹が立つ。
「変なこと言うのが悪いんだろ!!」
『はいはい。ごめんってば。』
いつもなら弾みで電話を切っていそうなやり取りだ。けれど寂しがっていると今藤が言い当てた通り、声だけでも聴いていたいのが本音だった。別に揶揄われたって良いとさえ思えるくらいには寂しい。
「なぁ。」
『ん?』
「飯、セットしておくけどさ・・・」
『先にする?』
「・・・。」
どうしていつも筒抜けなんだろう。言葉の端々に気持ちが滲み出て見透かされているのかと思うと悔しい。こっちはちっとも今藤のことがわからないというのに。
『かーい。一緒に風呂でも入ろっか。』
「その神経の図太さは見習いたくない。ホント、聞かれたらどうすんだよ。」
雅人の予想を遥かに超えて、心にぽっかりと空いてしまった穴を埋めようとしてくれるのが嬉しい。けれど気恥ずかしさが勝って、素直になれないのはいつもの事だった。
『甲斐がいないからつまんないなぁ。』
「・・・。」
ときめくような言葉をさらりと言うのはズルい。目の前で言われたら挙動不審になっていたと思うけれど、電話越しで幸いだった。
「バカなこと言ってないで、寝ろ。」
言い放ってすぐに後悔する。まだもう少し声を聞いていたのに。けれど今藤は雅人の心を見透かすように笑いながらぼやいてくる。
『甲斐、冷たい。毎日いびきに耐えながら頑張ってる恋人にご褒美とかあるといいんだけどなぁ。』
「な、なんだよ、ご褒美って。」
『それは甲斐が考えてくれないと意味ないでしょ。俺が喜ぶこと考えて。』
「また・・・変なこと考えてたらシメる。」
『変なことってなんだよ。俺はいつも甲斐には誠実なつもりなんだけど。』
強引に押し倒してくることなんか多々あるくせに、どの口が言うのだと思ったが、追及して墓穴を掘るのも困るので雅人は口を閉ざす。
『単純だからさ、俺。甲斐がいつもより素直になってくれるだけで、凄い興奮すると思う。』
「こ、興奮って・・・やっぱり、変なこと考えてんじゃねぇか!」
『好きな人から強請られるって最高なんだけどな。』
「と、とにかく、その口、塞げ!」
『あぁ、残念。切るぞ。』
突然切れた電話に、相部屋をしている広報部のやつが帰ってきたのだと悟る。結構際どい会話をしていた。聞かれたりしていないだろうかと変な汗が出てきたが、雅人の心配をよそに、おやすみ、とだけメッセージが送られてくる。
「マイペース過ぎるって、おまえ・・・。」
いっきに精力を奪われてしまった感じ。ほとんど歯向かってばかりいたけれど、たくさん話せた分、あと一日くらいなら頑張ろうという気力が湧いてくる。ちょっと強引だけど、気が滅入っていることを悟って励ましてくれる彼の優しさを感じるから、彼の口からこぼれる言葉を本心から無碍にすることはできない。
「難しいな、素直になるって・・・。」
寂しい時に寂しいと言えないのはプライドだ。頑張っているのはお互い様なのに、どうして自分だけこんな気持ちに苛まれているのだろうと思ってしまったりする。今藤も彼なりの都合やプライドがあるだろうから心が全て丸裸なわけではないと思う。
「だって・・・甘えるって、どうすりゃいいんだよ・・・。」
不貞腐れながら虚空に向かって悪態をつき、雅人は居た堪れなくなって布団の中で丸まった。
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朝霧とおる