ラスト一日。それさえ乗り切ってしまえば今藤に会えるのだと言い聞かせながら、ちびちびとビール缶からアルコールを摂取する。酒が翌日に響いて、ただでさえ捗っていない仕事が余計に滞るのはバカらしい。しかしちっとも酔えない。寂しさが心を占めていくばかりで、飲み切る前に雅人はビールの缶をテーブルに置いた。
送信したメッセージは相変わらず既読にならない。何通も送り付けたらしつこさに引かれるかと思って、一日一言と決め、律儀にそれを守り通してこの四日を過ごした。
「今藤のバカ。浮気しちまうぞ。」
携帯の画面を睨めっこしながら悪態をつきつつ、実際雅人はそんな事をしようなどと、欠片も思っていない。この先浮気される事があっても、自分からするなんて事はないだろう。断言できる。
「あ・・・。」
自分のメッセージを諦め悪く睨み付けていると、いっきに既読の文字が並んで雅人の心臓が小さく跳ねる。鼓動が早くなったところに携帯が電話の着信を告げて、雅人はうっかり手から携帯を落としかける。そして盛大に胸が打ち鳴っているまま通話ボタンを押した。
「・・・はい。」
『お疲れ。悪い、寝てた?』
もたもたとしていて、なかなか電話に出なかったから今藤に勘違いをさせているかもしれない。必要以上に雅人は慌てて否定する。
「い、いや、寝てない!」
驚いたままの雅人は気の利いた言葉一つかけることができなくて、久々に聞いた今藤の声に胸が震えているのが自分でもわかった。
「お疲れ。」
ようやくそれだけ言うと、今藤が電話口でフッと笑って、お疲れと返された。
『ほったらかしは寂しい?』
見透かしたような物言いに少し納得がいかない。
「別に。仕事だろ。」
悔しい。しかしプライドが勝って、素直な気持ちが言えず、言った先から後悔した。上田になろうとは思わないけど、もうちょっと返し方があるだろうと、心の中で自分に突っ込む。
『明日も遅くはなるけど、帰りそっち行っていい?』
そっち、の指す意味が雅人の家だと気付いて、胸がギュッと締め付けられて今藤の言葉を反芻する。本当は嬉しくて仕方なかったけど、やはりプライドが邪魔して素っ気ない言葉しか返せない。
「来れば。飲む?」
『飲まねぇよ。一瞬で寝ちまう。もったいないだろ、おまえがいるのに。』
自分と反してどこまでも直球な言葉をかけてくる今藤に、雅人は赤面して俯く。
『顔が真っ赤だよ、甲斐雅人くん。』
「ッ! べ、別にそんなんじゃないし!」
『へぇ、そう? そんな気がしたんだけど。』
適格に言い当ててくることに、また雅人は刺激されて、余計に顔は熱を帯びていく。携帯を握り締める手にも汗をかき始めた。
『ふあ・・・ラスト一日だな。まぁ、そっちも頑張れ。』
電話口でも欠伸を隠さずマイペースな今藤に、雅人は悔しくなると同時に、いらない意地を張っていないでここは歩み寄って会話を楽しむべきなのではないかと思えてくる。
「・・・なぁ、今藤。」
『ん?』
「明日・・・」
『あぁ。風呂入りたいなら入っておいて。そっち行ったら即刻ヤりたい。』
「ッ!! おッ、ま・・・」
情緒の欠片もないやつだと抗議したかったけれど、気持ちより身体は素直で、彼の言葉が耳に届いた瞬間に肌がカッと熱くなってざわめく。
『なんかさ、忙し過ぎて身体が変なんだよね。』
「え・・・?」
『忙しいと無性に抱きたくなるっていうか、甲斐はそういう事ない?』
「あ・・・う、ん・・・そう、かな・・・。」
あまりにあっけらかんと聞いてくるので、狼狽えている自分がバカらしくなってくる。それに今藤が幾分いつもよりハイテンションな気がして、疲れ過ぎて変になっているという今藤の言葉に納得した。
『はぁ・・・。』
電話口から聞こえてきた疲れを滲ませた溜息を、雅人は黙って受け止める。そして続く言葉を待ってみたものの、一向にそれ以降今藤が声を発してこない。
「・・・今藤?」
不審に思って彼の名を呼んでみる。しかし今藤から応答はなかった。
「今藤?」
もう一度呼んでみて、何の返事もないことに雅人は彼が寝た事を確信する。
「寝た?」
言葉通り、否、それ以上に相当彼は疲れていたんだろう。風邪など引いてほしくないから、ベッドの上で身体を温めて寝入ってくれたことを祈る。
一日一回とはいえメッセージを送り続けた雅人に報いようと、疲れを押して電話をしてくれたのかもしれない。雅人の不安や不満を見透かすようなタイミングを考えると、今藤が雅人の性格を把握した上で気を遣った結果がこの電話だったのかもしれない。
「おやすみ、今藤・・・。」
無理をさせた罪悪感と、彼の優しさへの喜びと、雅人の中で感情がぐちゃぐちゃに混ざり合った後、この通話を切ってしまうことへの残念さが胸を占める。
けれどいつまでもこのままというわけにはいかず、沈黙したままの今藤へもう一度だけおやすみを言う。
明日会ったら、彼が強引に攻めてきたとしても、嬉しい気持ちを認め、憎まれ口を叩かずに受け止めようと心に誓う。そして名残惜しく思いながら、雅人は通話を切った。
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朝霧とおる