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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

百の夜から明けて27

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百の夜から明けて27

じわりと身体の奥に広がった熱を、ふとした瞬間思い出すのは、それだけ身体が欲していたからだと思う。反芻して顔に熱を感じるたびに、今藤の殊勝な笑みが眼前に浮かぶ。

「あぁ、もう、ヤバい。仕事になんない・・・。」

朝から書類と睨めっこをしながら赤面することを繰り返してばかりで、ちっとも内容が頭に入ってこない。足で稼げる日ならまだ良かったのだが、こんな日に限ってデスクワークで、今藤のことを恨めしく思う。

今藤が頭上で呻いた声とか、雅人の中で達して震えたことが再び甦ってきて赤面する。確かに雅人を欲してくれて、彼は絶頂を迎えてくれた。そのことがとても嬉しくて、言葉やキスで信じきれなかった彼の好きという気持ちを、雅人はようやく身体を交えたことで納得したのだ。

「おまえ、熱でもあんの? なんかスゲェ顔真っ赤なんだけど。」

「そういう事にして早退したいけど、生憎違う。」

「はぁ?」

「頼む。ホント、ほっといて。」

「昨日も同じこと言ってたな、甲斐。」

酒井が訝しむほどに自分は挙動不審なのだろう。顔が熱いのは気付いている。何度目かの溜息をついて届いたメールを片っ端から開いて確認していて、課長からのメールに肩を落とす。

「しまった。週報の存在忘れてたし・・・。」

「おまえが忘れるなんて珍しいな。」

「俺も人間だから・・・。」

週報ごときで残業するのもバカらしい。メモ帳に手持ちの仕事を書き出して整理し、週報の登録画面を開く。

「うわぁ・・・。月曜日から真っ白。」

原因はわかっている。今藤に振り回されていた今週、週初めから完全に記録を残すのを忘れていたのだ。やった仕事を簡潔に書き出すだけだが、誰が見ても、それこそ新人が見ても仕事の内容がわかるように、というのが暗黙のルールだ。要約作業は日が経てば経つほど要点を忘れて書き難くなる。

「頑張れ、甲斐雅人くん。すっごく手伝ってあげたいけど、それは無理だわ。」

「全然手伝う気ないくせに。」

「そんなことないよ、甲斐雅人くん。」

「フルネームで呼ぶな。鬱陶しい。」

「部長ぉー。甲斐くんがいじめます。」

「いじめてないだろ!」

騒いでいる雅人と酒井を咎めるように勝田が背後に現れたので、酒井が調子に乗って勝田に話を投げる。

「甲斐。広報のやつらが助かったついでに、もう一個仕事やってほしいんだって。」

「え? え?」

仕事もプライベートも課題がてんこ盛りなのに、これ以上の仕事は勘弁してほしいと、勝田の言葉に狼狽える。

「このあいだ、君がやったやつの派生版ね。文言いじらないからサイズだけこれに合うようにリメイクしてもらって。」

「え? あ、はい。」

「指示書、すぐメールで届くと思うから確認して。」

「は、はい・・・。」

にやにやと隣りで笑う酒井の足を踏んで、痛そうに顔を歪める彼を見て鬱憤を晴らす。営業部長は文句を言い合う雅人と酒井を残し、涼しい顔で去っていった。勝田に当たるわけにもいかないから、矛先はどうしても酒井へ向く。

「甲斐、今日どう考えても残業じゃね?」

「いや、絶対定時で帰ってみせる。」

「仲良く居残りしようよ、甲斐。」

「絶対、嫌!」

メモ帳に書き出した仕事のリストを見て、掌にじわりと汗が広がる。エンジンがかかるのが遅過ぎたなとぼやきつつ、雅人はようやく仕事に本腰を入れる気になる。鬼の形相で週報の入力画面と格闘を始め、いつの間にか今藤とのことを都合良く忘れ、仕事に没頭した。



 * * *


我に返ったのは、本日何度目かの着信だった。

「はい、営業部の甲斐です。」

『あぁ、甲斐? まだいるってことは、残業?』

「あ・・・いや・・・。」

固定電話にはしっかり研究開発部と表示が出ているのに、何の覚悟もせず受話器を上げた自分が恨めしい。今藤の声に狼狽えて、いっきに昨夜の出来事が走馬灯のように眼前を駆けていった。

『残業か、って聞いてるだけだろ。』

「ご、ごめん。ちょっと、他の事に気取られてて・・・。」

『へぇ。』

誤魔化しにかかった雅人の言葉を軽く受け流す今藤に、雅人の焦りは募った。この状況で慌てない方法があるのなら、プライドをかなぐり捨てて教えを請いたい。

『で?』

拙い言い訳に乗ってくれないのはわかっていたが、全く動揺を見せずに答えを促してくる今藤に、雅人は隠しもせず溜息をついた。

「残業中、だけど・・・もうすぐ終わり、かな。」

『じゃあ、終わったら、うち来い。』

「は?」

『飯作って待ってるから、来いよ。』

雅人の狼狽を気にも留めず、職場の電話で堂々と誘ってくる神経の図太さに眩暈がする。

『飯食って、寝よ?』

「ちょッ、バカ! おまえ、何言ってんの!?」

『誘ってるだけじゃん。』

「い、いや、そうなんだけど・・・ちょっとは気にしろよ! ここ職場だろ!?」

受話器を手で覆い、雅人は電話口に向かって小声で叫ぶ。

『別にこっちは事務所、誰もいなけど。』

「いや! こっちはいまくりだから!!」

『相槌打ってればいいだけだろ。気にし過ぎだって。』

「気にするに決まってんだろ!」

『はいはい、じゃあな。うちで待ってる。』

「おまえ、マイペース過ぎなんだけど! って切れてるし・・・。もう、なんなんだよ・・・。」

言いたいことだけ言って切れた電話を雅人は睨み付けて溜息をついた。せっかくいつものペースを取り戻して仕事に勤しんでいたのに、結局このざまだ。心臓がバクバクと波打って、昨夜のことも甦ってきてしまう。

「もう、帰ろ・・・。」

隣りの酒井が席を外していて幸いだった。こんな際どいやりとりを聞かれた日には怪しまれてしまう。今藤の言動に逐一動揺する自分も悪いが、今の電話はさすがに危ない橋を渡り過ぎている。あの今藤に限って浮かれていたりするんだろうか。想像してみても彼が小躍りしている姿は想像がつかなくて、途中で思考を放棄する。

仕分けした書類に番号を振ったメモを貼っていく。明日こそ、とあまり意味のない決意をして、雅人は営業部のフロアをふわふわ落ち着かない気持ちであとにした。










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