普段の王都なら闇に沈んでいる頃。各々の軒下には薄紙に包まれた柔らかい光が王都の道を照らし出し、子が戯れるように揺れ動いていた。
「綺麗・・・。」
世羅の大きな手に引かれて歩く道は、凍えそうなほど寒いはずなのに、どこかほんのりと温かみを帯びている。いつもなら人前で恐れ多くできないことも、誰もいない寝静まった王都であれば許されるような気がする。世羅の手を握り返して、ゆっくりと歩みを進めて燈火の揺らめきを目に焼き付ける。
天からもたらされた恵みを喜び、感謝するための燈火。今年は豊作だったからその恩恵を受けた民は多く、軒先にはいつもの年より幾分燈る火の数が多い気がする。
「寒くはないか?」
「寒くありませんよ。」
そっと肩を抱き寄せられて、隣りにピタリとつく世羅を見上げる。外では危険が伴うため互いの名は呼べない。お忍びとはいえ天帝が王都に赴いていることが知れれば、たちまち大騒ぎになってしまう。いつもフェイの名を優しく呼ぶ世羅だが、ここにいる時はそれが叶わない。少しばかりフェイにとって寂しさを呼んだ。
世羅の手が、握り合っていた手とは反対の手を握り締めてくる。フェイは彼の温かさにドキリとし、見つめてきた世羅の視線は咎めるように鋭さを持った。
「こんなに冷たいではないか。そなたの気が乱れたらいけない。もうそろそろ引き返そう。」
「・・・はい。」
本当はもう少し世羅の手に引かれて、優しく揺らめく王都を眺めていたかった。王宮へと延びる大通りの光は圧巻だ。この国が豊かな証。この光景を目に焼き付けているだけで、一年の苦労が報われるように思う。
「天にも・・・この光が届いておりますでしょうか。」
世羅が隣りで一瞬息を呑んだように言葉を詰まらせる。
「・・・きっと届いているよ。そなたの目を通して、きっと・・・理世にも届いている。」
「はい。」
まさしく胸に描いていた理世のことを世羅も想っていたのかと、通じ合ったようで嬉しく、フェイは胸をときめかせて世羅に微笑む。しかし世羅はそんなフェイを見て少し寂しそうに微笑んだ。
何か間違えてしまったかと、フェイは慌てて世羅を窺い見る。しかし世羅は気にすることはないと言うばかりで、それ以上、口を閉ざしてしまった。
王都の風向きが変わる。揺らめく燈火が一同に乱れた後、雨粒がポツリとフェイの頬を濡らした。
「雨・・・。」
呟いたフェイの言葉に応えるように世羅の世話役が二人の頭上に傘を差して背後について歩いた。そして傘を開いて間もなく、何かが上に落ちたような音がする。
「?」
世羅と二人で顔を見合わせていると、背後に控えて二人に傘を差していた世話役が世羅に何やら耳打ちをする。すると世羅はギョッと驚いた面持ちをして、傘の上に鎮座するものを見上げた。
「・・・おまえの主はここにいるぞ。」
キィがお忍びの観覧を嗅ぎ付けてやってきたらしい。フェイは一度傘の外へ出て、キィを見上げて肩へ誘った。快く肩へ収まったキィは、嬉しそうに頬擦りをしてくる。
「すみません。重かったですよね。」
「いいえ、お気になさらず。」
キィは飛ぶ鳥の中では大きく、それなりに重量がある。降下して傘の上に乗ってきたのだとしたら、それなりの衝撃だったろうと、フェイは世話役に頭を下げる。
「帰って早く温まろう。そなたが冷たくて、これではいけない。」
「大事ないですよ。私は平気です。」
苦々しい顔で世羅がキィを眺め、少し拗ねたように溜息と共に言葉を漏らす。
「こやつ、ねぐらからわざわざ来たのか?」
「きっと私が王都へ出たものだから、置いていかれると思ったのかもしれません。大抵の生き物は人より敏感なものですから。」
「そうか・・・。」
フェイを掴む世羅の手が少しばかり強くなる。どこへもやらない、という彼の意思を感じて、フェイは彼の気持ちを受け止めようと、彼に倣って同じように強く握り返した。
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いつも、ありがとうございます!
なんとか30日までに完結しそうで良かったです。
あと、もう1話「王都の燈火」お付き合いいただきまして、
世羅と一緒にフェイを温めていただければと(笑)
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朝霧とおる