会って話をしようと思えるまでしっかり一晩かけ、朝一番に意気込んで今藤へメッセージを送ったら、忙しくてしばらく会えないかもしれないと返り討ちにされた。
「あいつ・・・やっぱり俺で遊んでんのか?」
雅人の悪態を見透かしたように続けて送られてきたメッセージには、変な勘違いをするなよ、とわざわざ断りを入れて、本当に忙しいとの旨が再度送られてきた。
確かに考えてみれば、今藤が大変なことになっているから自分は手助けをしたわけで、たまたまそこに雅人の失態が滑り込んだだけだと自分に言い聞かせる。
「あぁー・・・なんで俺、落としたんだろう・・・。」
「え? 何、落としたんだよ?」
いつの間にか隣りに戻っていた酒井が心配するように雅人の顔を覗き込んでくる。
「あ、いや・・・こっちの話。」
「おまえ、最近どうした? 独り言、多くね?」
「悪い・・・ちょっと、いろいろあって・・・。」
相談できることでもないから、掘り下げられて追及されても困る。書類の束から一枚手に取り、パソコンに集中しているフリをする。有難いことに興味を示さなかった酒井は、相槌を打っただけで、すぐにデスクを離れていった。
未だに信じられない気持ちの方が勝る。女々しく願掛けなど試みたおみくじを落とした自分のことも、それを拾って好きだと言ってきた今藤のことも。きっととんでもない落とし穴が待っていて、穴めがけて突き進んでいるように思えるのだ。
店頭POPの資料をまさに手に取り、今日は指定した校正日だったと思い出したところでタイムリーに電話が掛かってくる。表示された電話番号を一瞬確認して、すぐに雅人は応答した。忙しくしていないとやっていられない。仕事に揉まれれば少し沸いた頭も冷えるかもしれない。しかしそう思った矢先、担当者から告げられた言葉に肝が冷える。
「脱字ですか?」
『一応こちらでも調べてみまして、おそらく抜けてしまっているのでは、と・・・。データを添付したメールを今から送りますので、ご確認いただけますか。』
「わかりました。助かります。」
受話器置いて、先方からのメールを待ち構えてすぐに開く。赤字の入っているところは確かに送り仮名が足りていなかった。
「ヤバイ・・・ホントだ。」
広報部から丸投げされたものをそのまま流用していたが、そもそもベースとなるものが間違えていたのだろう。チェックはしていたが、見落としていた。雅人も含めて、お伺いを立てたはずの広報部でもサラッと読み流していた可能性が高い。印刷前にあちらの営業なりデザイナーが気付いてくれなかったら大惨事になるところだった。
忙しい、疲れていた、なんて言い訳にならない。ここ数日、確かに集中力に欠けることも多かったと反省する。問題ないと回していたものも、もう一度見直した方がいいかもしれないと思い立ち、雅人は店頭POPの校正に追われた。
* * *
結果的に、印刷会社から指摘されたところ以外に間違えは見つからなかった。しかし何千枚、ものによっては何万枚と刷るものだ。心臓が止まりかけたのは事実で、もう二度とこんな事態に遭遇したくないと、校正時のチェックリストを見直した。
「多田さん、お陰様で助かりました。ありがとうございます。」
『では、これで進めさせていただきます。』
「はい、よろしくお願いします。」
受話器を置いて雅人は一息つく。刷り上がって店頭に並べ終えるその時まで気は抜けないが、とりあえず自分で蒔いた種は回収し終えたのだ。あとは自分の領域である営業の仕事を残すのみなので、慣れない仕事とはこれでおさらばできる。
「おぉ、終わった?」
「なんとか。まぁ、実際作ってんのは俺じゃないけど。報告してくる。」
「いってらっしゃい。」
酒井に背中を叩かれて見送られる。乗り切った達成感に浸りつつ、別途乗り越えなければならない壁を思い出して、再び奇妙なテンションに陥る。
「そうだった。なんも解決してなかった・・・。」
今藤は平然と仕事をしているのだろうか。少しはやきもきしたりしているんだろうか。彼が動揺するさまなんて想像できなくて、結局雅人の口からは溜息だけが漏れる。昨日確かに好きだと言われた記憶はあるのだが、実感がない。あの殊勝な笑みの向こうに好きだという気持ちが隠れているとはどうしても信じられない。営業部長の席に辿り着く前に、自分でも無意識にしゃがみ込む。
「まさか甲斐、今さら間に合わないとか言わないよね?」
勝田に見下ろされていることに気付いて、慌てて雅人は顔を上げる。
「あ、いや・・・その件は大丈夫でして・・・。今、校了しました。」
「じゃあ、なに? 具合でも悪いの?」
「頭が・・・おかしい、というか・・・。」
「大丈夫。君、昔からほどほどにズレてるし。」
「それって・・・大丈夫、って言います?」
「訳わかんない事言ってないで、席戻って。」
とにかく今藤と話したい。会ったら会ったで正気ではいられないかもしれないが、思うところを正直に告げなければ話が進まない。
「あぁ、もう・・・意味わかなんない。」
小声で呟いたはずの声が勝田にしっかり届いていたらしく、彼の眉が顰められる。
「君の方が意味わからないよ。」
冷めた勝田の視線から逃れるように雅人はデスクへと舞い戻る。すると雅人の帰りを待ち構えていたように携帯が鳴った。今晩うちへ来い、とだけ寄越した今藤に、雅人は周囲の目も気にせず悪態をつく。
「どこだよ、おまえんち。」
送られてきたメッセージに、好きだという言葉の生々しさが急に雅人の胸へと落ちてくる。彼の家に招かれるのは初めてだった。
ぶっきらぼうに、住所、とだけ打ち返す。間もなく送られてきた初めて知る彼の住処に、ようやく雅人は好きだと言った今藤の言葉に現実味を感じた。
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朝霧とおる