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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

百の夜から明けて22

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百の夜から明けて22

逃げ出したわけではないけれど、やはり甲斐を一人置いてきたのはまずかったかと進は自問する。しかし入り乱れる着信を無視するわけにもいかず、店の外へ出て、一番に研究室へ連絡を入れた。

「あぁ、すみません。上田、手空いてますか?」

『今、替わりますね。』

事務に繋がった電話が上田に交代するまで三十秒もかからなかった。おそらく行き詰って電話の近くで待機していたのだろう。

『すみません、今藤さん。やっぱりわからなくて・・・。』

「いや、こっちこそ悪い。今から戻るから。」

『用事、大丈夫ですか?』

「あぁ、気にするな。」

甲斐が気持ちを認めつつも終始戸惑っている様子は気に掛かるが、今は私情に掛かりきりになれるほど暇ではなかった。飛び乗った電車内で、逃げるなよ、とだけメッセージを送り携帯の電源を切る。研究室に戻ると宣言してきたから、返信が遅いことは納得してくれるだろうと思ったのだ。

「パニクってたなぁ・・・。」

さすがにあそこまで狼狽える甲斐を見たのは初めてだった。貴重なものを見れたという満足感と若干胸をよぎる不安。顔いっぱいに逃げ出したいと書いてあったから、なかった事にされないかどうかだけが心配だ。念押しでキスをしてきたことは、果たして効果があったかどうか。懸命に進との事を考えてくれることだけを願う。

どうせしばらく自分は忙しい。正直会っている暇がない。甲斐の気持ちが落ち着くのを待って、もう一度仕切り直してみてもいいかもしれない。さすがに二度プッシュされれば、悪い冗談だと疑う気持ちは甲斐の中から消えるだろう。

「あ! 今藤さん!」

三階の廊下まで辿り着くと、待ち構えていたように上田がぴょこぴょこ跳ねながら研究室から飛び出してくる。室内にある監視カメラで今藤が帰ってくるのを見ていたのだろうというタイミングだった。

「集計してたら、パソコン落ちちゃって。」

「立ち上げ直した?」

「はい。でもデータが・・・。」

綺麗さっぱり画面上からデータが消えただろうことは容易に想像できる。上田が焦って連絡してきたことに納得がいく。

「どこまで処理してた?」

「半分くらい。」

「バックアップがどこまで取れてるかわからないけど、たぶんゼロってことはないから。とりあえず行こう。見るから。」

「はい。」

上田の肩を叩くとホッとしたような表情に変わる。慌てたところで消えたものは帰ってこないから、消えた分はまた一からやり直すだけだ。十年勤めていれば何度もこういう事態に遭遇している。上田は初めてだったかと思い至り、声には出さず、もう一度心の中で詫びる。

居酒屋に残してきた方は一人で解決の道を探り当ててくれることを願いつつ、進は綺麗さっぱりデータを放棄してくれたパソコンに向かうより他なかった。


 * * *


一人残されて、不安よりも安堵が勝った。まず呼吸と心拍が正常に戻ったので、雅人は意識的に気持ちを落ち着かせていきながら、全く味のわからない唐揚げとビールをせっせと胃の中に押し込んでいく。あれだけ塩味と油を感じるはずのものが認識できないのだから、それなりに自分が異常事態に陥っていることだけはわかる。

「今藤が俺のこと、好き? なんで?」

関係を断たれることを覚悟していたのだから、嬉しいはずなのに。混乱の方が大きくて、どうしても今藤の言葉を素直に受け取れない。どこかに罠が潜んでいるのではと疑う気持ちを捨てきれないのだ。

「でも、あいつ・・・キス、したよな・・・。」

まだふわりと触れた感覚が消えてくれない。唇に残る感触を誤魔化そうと硬いグラスを口に当てるたび、柔らかさが身体に再燃して、雅人を落ち着かない気持ちにさせた。

「どうしよ・・・キス、しちゃった・・・。マジで、意味わかんない・・・。」

酔っぱらって意気揚々と仕掛けたキスとは違う。今藤に凝視されたまま、そして呆気に取られて瞬きすらしなかった自分は確かにキスをしたのだ。

「これって、喜んでいいんだよな?」

恥ずかしくて一人テーブルに伏せていると、胸ポケットに入ったままの携帯が着信を告げて震える。

開いて確認したメッセージは紛れもなく今藤からのもので、彼の言葉に雅人の顔はいっきに熱くなる。

「逃げるな、だって・・・。」

もう何がなんだかわからない、とグラスに口を付けようとして、中身が空になっていることに気付く。

「今日はやめとくか・・・。」

家に帰ったところで冷静になれるとは思えなかったが、少なからず混乱している時に飲み過ぎても、いらぬ事をしでかしてしまいそうだ。ふわふわと地に足がつかない状態のまま、支払いを済ませ、雅人は店を出る。外は寒かったが、火照った身体を冷ますには丁度いい気温。ステップを踏みたいくらい気持ちが高揚したかと思えば、蹲りたくなるくらい悶絶することを繰り返す。家に辿り着く頃には、心底疲れ切ってしまった。

「やばい・・・明日、仕事になるかな・・・。」

玄関でしゃがみ込み、この半日で起こったことを頭の中で反芻してみる。

「っていうか・・・なんであんな、いつも通りなんだよ、あいつ・・・。」

今藤へ悪態をつくことで、なんとか平静を装った雅人は、ようやく部屋へ上がって息をついた。










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あとは今藤に頑張っていただきましょう。

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