今藤の目を見た瞬間、自分の気持ちは彼に筒抜けなんだと悟った。死刑宣告を受けにいくような気持ちで今藤の座る正面へ腰を下ろしたのに、彼はメニューを広げて飲み物を勧めてきただけだった。
彼はいつも通りだと思う。怖いくらいにいつもと変わらない。
「飯は適当に頼んじゃったけどいい? ビール?」
「あ、うん。ビールで。」
ここまで来るのに必死過ぎて忘れていた。雅人もこの居酒屋のことはよく覚えている。部屋は違うけれど、十年前の忘年会、雅人は今藤にキスをした。もしかして店のチョイスさえ茶番だろうか。当時の自分ごとバッサリ断たれる覚悟をしなければならないのかと思うと、呼吸さえも苦しくて何も言葉が出てこない。
「なぁ、甲斐。」
「う、うん・・・。」
「俺が何聞きたくて呼んだか、わかってる?」
やっぱり今藤は名前を書き込んだおみくじに気付いてしまったのだと落胆する。許容度は高いように思える今藤だが、さすがにこの気持ちを押し付けるのは無理だろうと思うと、どうしても言葉が見つからない。目を泳がせまま途方に暮れる。
「迷惑」
「ッ・・・。」
「って俺に言われると思って、そんな死にそうな顔してんの?」
苦笑しながら今藤が紡ぐ言葉に一瞬息を呑んで、続いた言葉に呆然とする。
「当たりか・・・。」
もう終わってしまうのかと思っても頭は働かず、今藤を見つめることしかできない。
「いつから?」
「え・・・。」
「いつから好きだったんだよ。」
言葉ではっきり自分の気持ちを聞いてしまうと、急に現実味を帯びてくる。目の前にいる彼を好きなんだと突き付けられたら、胸が締め付けられる。
しかし雅人を責めるでもなく、ビールを口につけて淡々と尋ねてくる今藤に困惑した。話の展開も読めなくて、雅人の時間は止まったまま、何度も口を開こうとして、どうしても上手く言葉が紡げない。
「甲斐?」
「・・・ね、ん。二年前、くらい・・・。」
今藤の優しい呼びかけにようやく詰まっていた喉が解放されて、促されるまま正直に答えた。
「俺なんかな・・・十年だよ。」
「・・・え?」
「十年好きだった。」
「好きって・・・。」
「好きの意味がわからない?」
「いや・・・。」
「じゃあ、何?」
好戦的な今藤の瞳に捕まったまま、逃げられずに見つめ続ける。
「いや、ごめん。なんか・・・頭がついていかない、っていうか。」
「ゆっくり考えれば。待てばどうにかなるなら、いくらでも待つよ。」
「・・・。」
今藤が言うことが本当なら嬉しい現実なのに、許容範囲を超えた展開に頭がついていかない。室内は温かいのに手まで震え始める。
「あのさ、今藤。」
「ん?」
なんで悠長にこの男はビールなど飲んでいるのだろう。やっぱり今藤の言うことは性質の悪い冗談で、何かとんでもない落とし穴が待っているのではないかと身構える。
「好きって・・・なに? 揶揄ってる、とか?」
「今日さ、本当はおまえと飲んでる場合じゃないんだわ、俺。報告書も全く終わってないし。」
「・・・。」
苦笑いと溜息付きで、今藤が雅人と目を合わせてくる。
「でももしかしてって思ったら、居ても立っても居られなかった。なんだよ、アレ。なんで俺の名前書いたわけ? 意味深過ぎるじゃん。」
「・・・。」
不安と期待が半分。怖い気持ちが少しだけ勝って、視線を落として雅人はテーブルを見つめる。
「全然気付いてなかったけど、今思えば、っていうこと結構あるんだよな。甲斐ってさ、随分うっかりしてる。イジられるだけのポカも多い気がするし。俺なら、ただの同僚を家に上げたり、ましてや泊まってけなんて言わない。冷静に考えてみると、やっぱり変だったなと思うけど、どう?」
俯いたままでも今藤から痛いくらいの視線を感じて、落ち着きなく拳を作っては解き、手の震えだけでもなんとか止めようと試みる。
「俺・・・今藤のこと・・・」
「うん。」
「・・・好き、で・・・」
「良かった、認めてくれて。大外しだったら、寿命縮む。」
今藤がホッとしたように笑って、ビールのグラスをあおる。
「甲斐。一度、一人になって考えるか?」
「・・・。」
「さっきから何度も携帯に連絡入ってて、たぶん上田なんだ。俺、ちょっと研究室戻りたいんだよね。」
「あ・・・うん。」
「残りの飯、おまえ食って。」
「・・・。」
一人個室に残されるのかと思うと、また不安が押し寄せてくる。叫び出したいくらいに動悸も激しくて、今心電図の検査をしたら確実に要精密検査の判断が下るだろう。
グラスの残りを目の前で飲み干した今藤が宣言通り立ち上がる。
「今さらだけど、付き合ってみる、って方向で考えてみてよ。」
「あ、あぁ・・・。」
未だに事態を呑み込めないまま、それでも雅人は今藤に頷いてみせる。
「酔った勢いとかじゃないから。」
「え・・・?」
立ち上がって雅人の方へ迷うことなく近付いてきた今藤は、目を合わせて殊勝な顔のまま雅人の唇を奪っていく。
「ごちそうさま。」
部屋を出ていった今藤を、雅人は呆然と見送る。今藤からの借りを一つ精算されたことに気付いたのは、今藤の背中を見送った随分後だった。
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お酒とキスのご馳走様、をどうしても今藤にやらせたくて(笑)
この話は最初にこのシーンから構想を立てました。
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朝霧とおる
2. 無題
今藤さんの、ごちそうさま、カッコいいです(〃ω〃)
毎晩更新されるのが楽しみで、12時になった瞬間にかけこんでいます!!
二人がどんな風に結ばれるんだろうとか、甲斐くんどんな風になっちゃうんだろうとか、妄想するたびにパソコンの前でニヤけてしまいます\(//∇//)\
毎晩更新、ありがとうございます!!
体調にお気を付けて!!
Re:無題
ごちそうさま、気に入っていただけて嬉しいです!
甲斐や今藤がいざという時、どんな行動に出るのか、二人の性格を考えながら書き進めています。
ご期待に沿えると嬉しいのですが、ニヤけていただける(笑)、濃いシーンをご用意できるように頑張ります。
体調お気遣い、ありがとうございます。