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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

百の夜から明けて2

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百の夜から明けて2

十年目の忘年会が明けた翌日。休みを活用して進は洗濯と掃除に追われた。顔を顰めるほど汚くはないが、年末年始に研究機材の稼働を止める関係で、この一か月ほど追い込みが続いて家の事はほったらかしだった。

一人暮らしは気ままでいい。親の目を気にすることなく外泊できるし、自分のテリトリーを明確にできるからだ。寝た相手を家に上げたことは一度もない。大学時代から付き合いのある友人を招いたこともなかった。お陰様でこの部屋は自分だけの色に染まり、何の不満もない進の城だ。

「夕飯でも買いに行くか・・・。」

部屋に一人でいると、独り言が多くなる。一人が寂しいのかと自問してみるが、多分それほど深刻なものではない。人肌が恋しくなる時はあるが、どちらかという性的欲求が満たされないことの裏返しで、常に誰かがそばにいなければと緊迫した渇きを覚えているわけではない。

鍵と財布、小さく畳んだエコバックをズボンのポケットに捩じ込む。土日に通うスーパーマーケットは去年からビニル袋を有料にし始めた。特段家計がひっ迫しているわけでもないが、塵も積もれば、である。

暖冬だとテレビでは報じていたが、外は順当に冬らしい寒さだ。コートだけでは手や首が冷たい風に晒されて、どんどん冷えていく。しかし進は気に留めることもなく、スーパーマーケットまでの道のりをのんびり歩いていた。

見覚えのある後ろ姿を視界に入れた時、進は抗議するように跳ねた心臓に従って歩みを止めた。本能的に今会いたくないと思ったのは、甲斐が女を連れて歩いていたからだ。

駅前の大型商業施設にはいくつか駐車場がある。おそらくその一つと思われる辺りから彼とその連れは大通りに出てきた。甲斐とは同じ沿線上で暮らしているから、こういう遭遇は起こっても仕方がなかった。

昨日の飲み会で散々女に懲りたと話していた甲斐だったが、やはりそういう相手がいるじゃないかと、心が真っ黒に染まっていく。自分だって小さな嘘でのらりくらりと話を交わし、本心が暴かれないよう逃げていた。甲斐の嘘だって些細なものだ。進に彼を咎める資格はない。

こんな事で心乱される自分が心底嫌になった。好きだから仕方ない。好きだからこそ仕方ない。言わないと決めたのも、物分かりの良い同期でいると決めたのも、紛れもなく自分だ。

しかし少なくとも、夕飯の食材を一人分買ってきて、ささやかな食卓を整える気分ではなくなった。

進の足はそのまま駅の方へと向けられる。こういう日は誰かの体温を感じて、浅はかな夢を抱いた自分を消してしまいたい。暴走する前に無心になる。本当に気持ちが消える日は来ないだろうから、せめて一瞬でも忘れて、元の冷静な自分を取り戻すのだ。そのために誰でも構わない。可及的速やかに単純な方の欲求を収めてしまいたかった。
 * * *
ゆきずりの相手であっても乱暴にするのは嫌いだ。そう思う気持ちは相手にも自然と伝わる。進に抱かれる相手は概ね好意を寄せてくれる分、厄介な感情も抱かれやすい。だから相手が事後のシャワーを浴びている隙に、ホテル代だけ残して消えるのが常だった。

自分は至って普通のサラリーマンだ。収入を断たれたら当然困るわけで、揉め事を抱えないように警戒して然るべき身の上だ。相手がどんなに割り切っていることがわかっても、油断はせず一線を引く。今夜も出すものをしっかり出し切って、寒い夜空の下、帰路についた。

今日はとてもよく晴れている。日付が変わった闇夜は、憎いほどにオリオンの腰を表す三ツ星を綺麗に輝かせている。星座を認識するほどじっくりと空を仰いだのは久しぶりだった。

冷静な頭に戻ってもなお、やっぱり甲斐のことが好きだと心が訴えかけてくる。女を連れて歩く姿を目に焼き付けた瞬間湧き上がってきた激情。裏切られたと思うのは間違っている。しかし身体が冷めてもなお、燻り続ける想いは厄介なものだ。もうこればかりは仕方のないことだと自分に言い聞かせるしかなかった。

十年消えなかった。今さら消えるとも思えない。想いが消えることを願わなければならないなんて虚しい。自分が誰にも見せず大切に仕舞ってきた心の核を否定するような気がして、悲しくなった。夜空に向かって溜息をつく。

「バカだな、俺・・・。」

なんでこんな報われない恋をしたのだろう。想うだけ無駄。想えば想うほどに傷付いていく。拗れる前に、いっそ結婚でもしてくれたら良かったのだ。他力本願な思考にまた溜息が出る。

早く月曜日になってほしい。仕事に忙殺されれば、余計なことなど考えずに済むのに。昨日が今年最後の就業日でなくて幾分救われた。まだ一週間仕事は残っているから、負の連鎖を断ち切るには都合がいいだろう。

家を出た時よりぐっと下がった気温が進の体温を奪っていく。しかしそれに構うことなくゆっくり夜道を行く。進は一つひとつ想いを封じ込めるように心を落ち着かせながら、家までの道を歩いた。
















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