忍者ブログ

とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

百の夜から明けて19

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

ただいまコメントを受けつけておりません。

百の夜から明けて19

サンプル数の確保に追われた数日。それが終わっても、報告書としてまとめる作業が控えている。

「あぁ・・・眠ぃ・・・。」

それでも終電まで作業を強いられるのは今日までだろう。機械は連日フル稼働だったが、幸いトラブルもなくここまできている。廊下の自販機前で、進は一人ココアのプルトップを開けた。

甘い香りがフワッと舞い上がってきて、誘われるままに口を付ける。

寒い廊下で飲むからこそ息抜きになる。温かい部屋でココアなど啜った日には、身体が弛緩して爆睡コースまっしぐらだ。

昼前、甲斐からメッセージが入っていた。彼は進より一足早く残業続きの生活から脱したらしい。やはり今回の事で少なからず彼に迷惑をかけただろう。進たちは彼のお陰で救われていたから、甲斐一人に負担が集中していたとするなら申し訳ない気持ちになる。

「もう一息だな・・・。」

糖分を素早く摂取して、いっきに缶から飲み干していると、エレベータが到着を報せてくる。誰か外へ出払っていたかと何気なくエレベータの扉が開くのを眺めていると、中から出てきたのは甲斐だった。その手に大きなビニル袋を提げているのを見つけて、相変わらず律儀なやつだと苦笑する。

「今藤、お疲れ。丁度良かった。差し入れ!」

「サンキュ。いつも悪い。」

甲斐の顔は見たかったけれど、自分がくたびれた顔をしている自覚があったから、会いたかったかと問われると微妙なところだ。

「俺、今日はもう上がりなんだ。」

「お疲れ。」

「おまえは?」

「今日もたぶん終電。でも今日がラストかな。」

「そっか。良かったな。」

笑った甲斐の顔を見て、もうひと頑張りするかと思えるくらいには惚れている。疲れた顔を全開にして会うのはみっともないと思っていたけれど、会えたら会えたで嬉しいものだ。

「この先、一週間くらいは早く帰れる日が多そうなんだけど・・・飯とかどう?」

「ちょっとまだ読めない。手付けてないことが多過ぎて。」

「そう・・・だよな。じゃあ、また。空いたら連絡くれよな。」

「あぁ。」

「お疲れ!」

「お疲れ。」

いつもより心なしか甲斐の声が大きい。そのわりに覇気がないのは疲れが溜まっているからだろう。元気なフリをさせてしまうのは心苦しいが、彼にも意地があるはずだ。お互い頑張っているのに、自分だけ疲れた顔を晒すということに抵抗があるのは進も理解できる。

駆け足でエレベータの中へと吸い込まれていった甲斐。その背中はあっという間に見えなくなる。最後までその姿を見送って、ふと視線を下へ落とす。進の目に白い小さな紙片が飛び込んできて、気になって拾い上げてみた。折り畳まれた紙片を開いてみると、なんてことはない、神社で引いたおみくじだ。

「落としてるし・・・。」

同じ大吉だから書いてあることもどうせ同じだろうと斜め読みしていくと、進が引いたものとは大幅に内容が違うことに気付く。

「結構、凝ってんのな。」

そういえば振らされた木箱の中には随分たくさんの棒が入っていたように思う。

「次会った時、渡せばいいか。」

持ち歩いていることに驚きだが、そういうものなんだろうか。首を傾げて進は小さく笑みをこぼす。白衣のポケットに入れると忘れてそのまま洗いそうなので、財布の中へ仕舞い込んだ。これなら思い出した時に渡せるだろう。

進は空になったココアの缶をダストボックスに投げ入れる。幸先良く綺麗に放物線を描いて吸い込まれていった缶を見届けて、研究室へと向かう。もうひと頑張りと気合いが入ったのか、いつの間にか眠気も去っていた。


* * *


帰宅と同時にソファへとなだれ込み、進はシャツのボタンを二つ開けた。

「風呂、面倒だなぁ・・・。」

明日が休みなら確実にこのまま就寝しているが、仕事があるからそうもいかない。どうにか気力だけで立ち上がって、ふと財布に入れた甲斐のおみくじの事を思い出す。キッチンからチャック付きの小さい透明ビニルを持ち出して、汚れないようおみくじを入れてチャックを閉めた。

どうしてもこういう細かい事が気になる。汚れるんじゃなかろうかと、一度気に掛かると頭から離れてくれない。

すっきりした気持ちで再び財布の中へ仕舞おうとすると、細く小さな字でおみくじの枠外に何かが書かれていることに気付く。目を凝らして見つけた文字に進は暫し戸惑った。

「俺の・・・名前?」

自分の名をこんなところに記される心当たりはなかったが、この意味をどう解釈すればいいのか悩ましい。進は考えようと一度は試み、結局疲労に負けて財布の中へ袋ごと仕舞い込んだ。

進が考えたところで、本人の口からその答えを聞かなければどのみち真相はわからない。今、疲れた頭で頑張ることではない気がしたのだ。

余計な事は考えまいとすればするほど、目に焼き付けてしまった自分の名がありありと眼前に浮かび上がってくる。意味など探すなと自分に繰り返し言い聞かせ、進は逃げるようにバスルームへ飛び込んだ。










いつもありがとうございます!!
にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村
B L ♂ U N I O N


Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる
PR

コメント

プロフィール

HN:
朝霧とおる
性別:
非公開

P R

フリーエリア