好きなヤツから頼られたら、どうにかしてやりたいと思うのが心情で、企画部の顔見知りにも協力を仰いで、勝田から何とか了承の旨をもぎ取る。現場の決定権はもちろん研究開発部にあるわけだが、勝手に事を進めて進行に遅れをきたした時、各方面から承諾をもぎ取っているかどうかで全く心象が違う。
「甲斐。言い出しっぺなんだから、新商品の日程調整、君もやって。特に広報が後手後手になってるから。遅れます、っていうのはなしね。」
「ですよね。」
「そうだね。」
勝田の微笑みに冷や汗しか出ないが、否という選択肢はないので雅人は頷いて応える。正直仕事は増えたが、今藤に良い報告ができるという一点のみに突き動かされる。
「この時期に自分で仕事増やしてどうすんだよ。」
席に戻ると酒井が無事だったかと心配するように尋ねてくる。大丈夫だと苦笑いで返して、雅人は受話器を上げた。動ける仕事はさっさと片付けるに限る。広報部に連絡を取ってみるとすでに話が回っていて、ごっそり店頭POPの仕事を投げられる。
メモを片手で取りながらパターンの多さに頭を抱えていると、酒井が覗き込んできて気の毒そうな顔をした。
「ちょっと、舐めてたかも・・・。」
受話器を置いて雅人は天を仰ぐ。
「調子乗っていい顔するからだろ。」
「だっていい顔したかったんだもん。」
「男に尽くしてどうすんだよ。」
酒井の言葉に内心ドキリとしながらも、とぼけたフリをする。
「そうか? 困った時はお互い様だろ。」
「だからって、わざわざ自滅しにいくなよ。」
頼られたことに歓喜せず、確かにもう少し慎重に事を進めるべきだったかもしれない。その点に関しては、結果が結果だけに返す言葉もない。
「しばらく残業決定だな・・・。」
手伝わないぞと酒井から念を押され、引き継ぎを受けた店頭POPに着手し始める。午後に控える営業の準備もしなければならなかったが、出来る事からとにかく片付けていかないと、年度末が悲惨なことになる。
雅人は午前中に印刷の見積もりを終えようと、心当たりのある会社へ片っ端から電話をかけ始めた。
* * *
取り込み中で捕まらなかった今藤にようやく連絡のついた昼前、雅人は奮起したことに意味を見出せて、彼の願いを形にできて良かったのだと満足した。
『助かった。ありがとう、甲斐。こっちも課長と企画部の方で折り合いつけたところなんだ。』
「良かったな。」
『そういうおまえは大丈夫? タダじゃないだろ?』
「まぁ・・・うん。でも、大丈夫。想定内だから。」
『そうか? なら、いいんだけど。』
本当は慄くほど想定外の仕事が降ってきたが、正直に答えるのはどうしてもプライドが許さなくて平気なフリをする。
「しばらくさ・・・」
『うん?』
「飯とか無理かも・・・。」
『まぁ、こっちも無理かな。っていうか、やっぱり無理させた?』
「いや! 全然、全く! 俺は大丈夫!!」
『そう? じゃあ、落ち着いたら、奢らして。』
「うん・・・。」
大丈夫じゃないと弱音を吐くのはみっともなくてできないけど。でも言ったら慰めてくれたりするんだろうかと、彼の優しい部分につけ入りたい気持ちが全くないと言ったら嘘になる。
「なぁ。帳消しとかにすんなよ?」
『は?』
「いい、なんでもない。じゃあな!」
『あぁ?』
余計なことを言った自覚はあった。強制的に通話を切って受話器を少し乱暴に置くと、隣りに座っていた酒井が訝しげな目で見てくる。
会う口実が減ってしまうから、貸し借りの帳消しはしないでほしくて。けれどわざわざ念を押すようなことではなかった。会った時にでもさりげなく伝えれば良かったことだろう。こんなはっきり自分の気持ちを吐露してしまったことに動揺して、雅人は思わず席を立つ。
「甲斐、昼?」
「いや・・・ちょっとトイレ・・・。」
「あ、そう。何時から昼入る?」
「あー・・・一時くらいのつもり・・・。」
「了解。」
財布も持たずに歩き出していたから昼食だという言い訳はできなかった。咄嗟について出た嘘は間抜けもいいところだが、すぐに新人の方へと向き直った酒井のことはこの際どうでもいい。それに酒井は雅人を不審に思ったわけではなさそうだった。
「バタバタ、何やってんだろうなぁ・・・。」
情けないことに振り回されている。しかしどうにかしてやれるという思いの方が強くて、手を貸さずにはいられなかった。今藤から一目置かれたい願望は常にある。それが仕事で表面化してしまったことについて、どう気持ちの整理をすればいいものか。
「だって、カッコいいと思われたいじゃん・・・。」
一人トイレの鏡に映る自分を見て呟く。
「だから、お調子者だって言われんだよな。」
鏡の向こうにいる自分が苦笑する。けれどそういう自分を嫌だとは思わない。好きな人のために奮闘するというのは、雅人にとって頑張るための正当な理由だった。
「頑張ろ・・・。」
やると宣言した以上やり通さないと、それこそ目も当てられない。今藤が同じ部署じゃなくて良かった。少なくともドタバタ這って回る自分は見せなくて済む。彼には結果だけ見てもらえばいい。
健気な恋心だな、と自分で思ってしまうあたりが、残念な部分だと自覚している。けれど思うだけなら自由だ。少なくとも誰かに明かしたことはない。よってこの事で笑われたこともない。
気分転換に冷水で顔をすすいでいく。もう大丈夫、いつもの自分だろうと顔を上げて、雅人は営業部のフロアへと戻った。
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朝霧とおる