こめかみに微かな痛みを感じて目覚めた朝、ベッドに寄り掛かる今藤を見つけて、そっと彼の顔を覗き込む。
「寝てる・・・。」
寝ぼけた頭が彼に手を伸ばしかけて、再びこめかみに走った痛みで我に返った。
「ッ・・・。」
一人で飲みたくて飲み会を抜け出し、今藤が追い掛けてきてくれたことに嬉しくて胸が少し苦しくなった。そして飲み過ぎた翌日に相応しい具合の悪さだ。
「ムカムカする・・・。」
散々飲み散らかしたはずなのに、部屋に空き缶は散らかっていない。今藤が片付けてくれたのかもしれない。
「優しいな、ホント・・・。」
今藤の彼女になりたいと言ってしまった昨夜の自分を覚えている。雅人は苦笑しながら今藤の寝顔を見て、溜息をついた。
流してくれて良かった。でも偽りのない本音を流されて確かに傷ついている自分もいる。我慢できなくてうっかり泣いてしまった自分も消し去りたい。しかし酔い潰れていたのは雅人の方だ。今藤が雅人の発言を忘れているという可能性は限りなく低いだろう。
おそらく今藤は酔っ払いの戯言くらいにしか思っていないだろうけど、本心からそう思ってくれていることを願うしかない。ほんの僅かな疑いでも持たれた日には、彼の前から消えてしまいたくなる。
ズキズキと血管の波打ちを感じるような痛みは、雅人を現実に繋ぎ止めてくれる。ベッドに頬だけつけ、少し眉根を寄せて収まり悪そうに眠る今藤に、触れてみたいという衝動。それは雅人の中で昇華されることなく渦巻き続けたが、実際に手を伸ばすには至らなかった。
このまま彼のことを眺めていたら、キスとひとつでもしてしまいそうだ。早く起きてくれと願う一方で、まだ彼のことを眺めていたいと思う気持ちが競って雅人を困らせる。
今藤の顔を覗き込みながら、胸の中で好きだと呟く。女々しいことをしていると自分でも思うけれど、避けられるようなことになるよりはマシだ。狸寝入りでもしていたら困るから。
「今藤」
雅人が呼ぶと、ピクリと今藤の瞼が動く。想像通り眠りは浅かったらしく、すぐに今藤の瞼が開いて、少し疲れた彼の瞳が雅人を映した。
「甲斐・・・具合は?」
今藤が顔を顰めながら肩や首を回して尋ねてくる。眠そうに欠伸を一つ済ませると、すぐに今藤が雅人の様子を窺うように双眸を向けてきた。
開口一番、雅人を心配してくれる今藤にまた無駄にときめく。好きな気持ちって鼓動と心を忙しなくさせるから、本当に疲れる。でも甘い痺れと、じわりと胸に広がる苦さが癖になって、好きな気持ちを手放そうという結論にはどうしても至らない。
この気持ちがなくなったら、きっとラクになる。わかっていても気持ちは止められない。意識して恋のステージから降りることができるなら、こんな苦しい気持ちに終止符を打って、もっと望みある恋へとっくに歩み出していると思う。
「頭、痛い。」
苦笑いをして雅人が正直に告げると、今藤がフッと笑みをこぼす。雅人の好きな殊勝な顔だ。寝起きとは思えないほど今藤はスムーズに立ち上がり、キッチンの方へと消えていく。戻ってきた彼の手には水の入ったグラスが二つ。一つを雅人の方へ差し出して、今藤自身もグラスに口をつけ、いっきに水を空けた。
「なんか飯買ってくる。冷蔵庫、どうせカラだろ?」
「うん、空っぽ・・・あッ、ちょっと待って。米と卵だけはあったかも・・・。」
ベッドから起き上がって確認しに行こうとすると、今藤が目で制してくる。キッチンの方へ行った今藤は、すぐに目的の物を見つけたらしく、返事を寄越してくる。
「あった。じゃあ、おじやな。夜は自分でどうにかしろよ。」
夜まではいてくれないんだ、と当たり前のことにガッカリする。用もないのに泊まっていくことの方が不自然だ。引き留める理由も探せなくて、雅人は残念な気持ちを胸の奥に仕舞い込む。
「なぁ、今藤。」
「ん?」
事実をうやむやにするのは自分の意思にそぐわないと思い、彼女云々のくだりを訂正するために雅人はキッチンの方にいる今藤へ声をかける。
「あのさ、俺・・・彼女に振られたとかじゃなくて、ただ気分的に落ちてただけなんだよね。」
「・・・そう。」
「最後に付き合ったのなんか、二年以上前だし。」
一言余計だったかもしれない。今藤が大して興味もなさそうに相槌を打ってくる。
それでも、長らく想っているのは今藤一人だけだと暗に伝えたくて、身の潔白を強調したくなる。しかし考えてみれば、見知らぬ相手に身体を許しているのだから、潔白でもないかと気付いて自嘲する。
「甲斐、もうできるけど、食べられる?」
「うん。あったかいうちに食わして。」
「じゃあ、食って片したら、俺、帰るわ。」
「・・・そっか。シャワーくらい浴びてけば?」
「いや、いい。家、すぐだし。」
今藤の前で着替えるのを躊躇った所為で、スーツのまま着替えていない。皺まみれで変な位置に跡がついているから、自力で修復するよりクリーニングに出してしまったほうがラクだろう。
湯気を立てて現れたおじやを見てホッとする。昨日の昼以降、固形物を入れていなかった胃が不覚にも大合唱した。
「腹減ってんなら、こっちも食べる?」
今藤が二つの器を差し出してこようとしたので、さすがに手で制する。
「おまえも食べてって。作ったの俺じゃないけど。」
雅人の言葉に今藤が笑う。つられて雅人も痛むこめかみを押さえながら小さく笑った。
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朝霧とおる