家にビールの残りがあったかどうか定かでない。雅人はスーパーマーケットまで足を延ばすのが億劫で、帰り道にあるコンビニで好きな銘柄を三缶カゴに投げ入れる。レジで会計を済ませようとして取り出した財布の中からハラリと何かが落ちる。慌てて手で拾うと、それは正月に引いたおみくじだった。
渋る今藤に無理矢理引かせて、二人とも大吉だった。だからこうやって財布の中に折り畳んで収めていたのだ。今藤は持っているだろうか。まだあの日から二週間も経っていないけど、興味もなさそうだったから捨てていたりして。
雅人は支払いを終えてコンビニの外へ出た後、行儀が悪いと思いながら缶のプルトップに手を付けた。プシュッと心地良い音を聞くと、少しだけ肩の力も抜ける。身体のオンオフを切り替えるスイッチみたいだ。
財布の中に再び収めたおみくじは、大吉だったのに恋愛運は、待ち人来ず。どこが大吉なんだと神様に文句の一つも言いたくなる。むしろ自分から行けという暗示か。
ビールで喉を潤すと、途中で抜け出したことを途端に後悔した。せっかく今藤と一緒にいられたというのに。酔いに任せて、じっくり今藤を眺められるチャンスだった。自分でそのチャンスをふいにして、一人ぽつんと寂しく飲む自分は大層滑稽だ。
好きだと言えないくせに、自分のことを考えて欲しい。今度約束の飯を奢る、と今藤にメッセージを送ると、すぐに既読になって返信を寄越してくる。しかしその内容に雅人は立ち止まってそのまま一歩も動けなくなった。
「甲斐」
ストロークが長いとわかる足音、少し離れたところから呼ばれた自分の名に、雅人は振り向くことができずにいた。
「悪い・・・気になって。」
上手く嘘をつけたと思っていたのは、どうやら自分だけらしい。一番気付いて欲しくなかったやつに気付かれるなんて。
「・・・一人で、飲みたくてさ。」
「顔色悪いくせに、飲むなよ。まだ本調子じゃないんだろ?」
「そう、かな・・・。調子は良いけど、気分的な問題っていうか・・・。」
まさか今藤が追い掛けてくるだなんて思ってなくて。突然のことで、いつものように言葉がスムーズに湧いてこない。鞄とビニル袋、缶だけを頼りに握り締めて、この気まずい状況をどう切り抜けるか、頭にはそれしかなかった。
「ホント、一人で飲みたかっただけなんだ。誘っておいて悪い・・・。」
ようやく振り向いて話す勇気だけは出てきて、今藤に苦笑しながら顔を向ける。
「せめて帰って飲めよ。絡まれたらどうすんだ。」
「大丈夫だって。」
「大丈夫そうに見えないから言ってんだろ。」
ぶっきらぼうな言い方だけど、今藤の声は真剣そのものだった。少なくとも雅人にはそう聞こえる。嘘までついて逃げてきたのに、どうして心配されるのかわからない。優しくされる理由が自分にあるとは思えなかった。
「とにかく、帰るぞ。」
「・・・え?」
「家、すぐそこだろ。」
「そう、だけど・・・。」
腕を掴む今藤の手が強くて圧倒される。少し前を突き進んでいく今藤の背中を見て、わけもわからず呆然と引っ張られる。
「ちょ、ちょっと待って! 今藤ッ!」
「おまえこそ、なんだよ? そんなツラして、気引きたいとしか思えないんだけど。」
「ッ・・・」
気持ちがバレてしまったんだろうかと、全身から血の気が引いていく。しかし力強く掴まれ続ける手に、雅人はただただ混乱した。なんとかその手を振り払おうとして、今藤の言葉に止まる。
「また性懲りもなく失恋でもしたんじゃないのか?」
「え?」
「繊細なくせして強がってばっかで。少しは休めよ。」
「・・・。」
良かった、早まらなくて。好きだという言葉がこぼれ落ちなかった自分の口の堅さを褒めたい。今藤は雅人が落ち込んでいることに気付いている。けれど彼は何かを勘違いしていて、抱えている心の傷は失恋かなにかだと思っているらしい。まぁ、似たようなものではあるけれど。
「じゃあ、慰めろよ。ヤケ酒、付き合え。」
「なんだ、当たり? 最初からそう言えよ。」
「酒井たちと笑うだろ。」
「笑わないよ。」
「嘘つけよ。」
「甲斐が本当は・・・真面目なやつだって、知ってる。俺は知ってるよ。」
手で雅人の腕を掴んだまま、目を細めて笑う今藤を、やっぱり好きだと思う。なんでそんな気障なこと言って似合っちゃうんだよ。反則だ。
理由はなんだって構わない。雅人を心配して追い掛けてきてくれた。ただその事実だけが胸を打つ。想いが交わらなくたって、こうやって今藤の中で重要なポジションにいられるだけ、自分は幸せだと思ってしまう。
「ビール・・・これだけじゃ、足りないな。」
ビニル袋に入ったビール缶を見つめて、雅人は苦笑いをする。
「買いに戻るか?」
「そうだな。」
今藤の優しさにまた絆され、気持ちを止められない自分に、笑わずにはいられない。フッと笑みをこぼすと、今藤が雅人の頭を少し乱暴に撫でてくる。
「バカな女だな。こんないいヤツ振るなんて。」
バカはおまえだろ、今藤。そんな事言われたら、涙腺が崩壊しそうになる。外の空気が冷たくて良かった。肺に思い切り吸い込んだ空気が目頭の熱を冷ましてくれなかったら、確実に涙がこぼれていたと思う。
また降り積もってしまった好きという気持ちを胸の奥に押し込んで、雅人は今藤と並んで歩く。ゆっくり歩きながら気持ちを宥めていた雅人に、今藤は黙って歩みを合わせてくれた。
いつもありがとうございます!!
にほんブログ村
B L ♂ U N I O N
Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる