週末、営業部の新年会に今藤が顔を出してくれたまでは良かったが、あっけなく年末の出来事を口にされて、雅人はやるせなさが募った。今藤にとっては特別なことでもなんでもなく笑い話なんだと思ったら、自分が彼の事を好きな気持ちが軽んじられたように感じて、せつなくなる。
「なんか、甲斐がさっきから黙ってんだけど。」
酒井が気付かなくていいことに気付いたので、雅人は慌ててむくれているフリをする。
「パジャマが水玉ピンクなのは仕方ないって。」
「なんだよ、仕方ないって。別になに着たっていいだろ。ほっとけよ。」
「拗ねてるし。今藤、おまえの責任だぞ、どうにかしろ。」
「俺の所為かよ。」
今藤と酒井におもちゃにされるのは慣れたものだが、年末今藤と過ごした時間だけは土足で踏みにじられたくなかった。とは言っても踏みにじっているのがその今藤本人なので落ち込み具合は半端ない。
「俺のピュアハートが傷付いたから、責任取れよ、今藤。」
それでも意地を張って何てことない顔をしながら、今藤に食って掛かる。
「はいはい、俺が悪かったよ。」
「もっと心込めろよ。やり直し。」
「申し訳ありませんでした、水玉ピンクの甲斐雅人くん。」
今藤の謝罪は棒読みで、全く反省の欠片も見えず、酒井がビールを盛大に吹き出す。酒井は、そばに固まっていた営業部の若手連中から非難を浴びたものの、所詮酔っ払い集団。大声で笑ったり、悪態をついたりと各々やりたい放題だ。
しかし雅人がそんなことよりも目を奪われたのは、今藤が涼しく笑う顔だった。いつだって取り乱さないその横顔はやはり鉄壁の微笑みで、二人で過ごしたあの二日間より、雅人は今藤との距離を感じる。
「今日は厄日かよ。酒井、ホント汚ねぇな。こっちまで飛んでんだけど。」
「すみませんねぇ、水玉ピンクの甲斐雅人くん。」
酒井までもが今藤の真似をして揶揄ってくる。しかし似通った台詞にも、感じ方に圧倒的な差を感じるのは致し方ない。酒井になんと言われようが大して気にも留めないが、今藤の発するすべての言葉に、いつも雅人は意味を探してしまう。冷静なその瞳の奥にどんな想いが隠れているのかと、時に恐ろしく感じる。
そして雅人自身の言動が今藤にどんな印象を与えているのか逐一気になるのだ。
まずい。今日はかなりナーバスになっている。自覚すればするほど、テンションを維持することが難しくなっていった。帰ったら倒れ込むほど疲れてしまいそうだ。
唐突に立ち上がって荷物をまとめ始めた雅人に、不審に思った幾人かが思いおもいに声をかけてくる。
「悪い、時間過ぎてた。今日この後、人と会う約束してて。」
「は?」
酒井が気の抜けた返事を寄越して、周囲も追随して尋ねてくる。
「客? 仕事か?」
客だと言うのはまずい。同僚たちは概ね仕事の動向を知っているし、わざわざ危険な橋を渡るような嘘をつく必要はない。
「いや、私用。」
「へぇ。気ぃ付けて。」
酒井が間の抜けた声で応えてくる。飲み逃げするなよ五千円、と手を差し出され、苦笑しながらお札を一枚渡していく。
今藤の方をこっそり視界へ入れると、特段興味なさそうに雅人の様子を窺っている。いつもなら耐えられる。しかしなぜだか今日は耐えられなかった。何かが自分の中で振り切れてしまったようで、喪失感が半端ではない。
「疲れた・・・。」
飲み屋街をぽつんと一人で歩いていると、騒々しさに呑まれて自分が酷く存在感に欠く生き物に思える。
「あんな目で見なくてもいいじゃん・・・。」
今藤が最後に寄越した視線はそこまで冷たいものではなかったと思うけど、雅人の想像はどんどん彼のまなざしを強く冷たいものにしていく。
ただの同期だって知ってる。自分はちゃんとわかっている。それでも他人より少しでも近い存在だと実感していたかった。欲張ったから、罰が当たったのだ。
年末の出来事で、自分の中に形成されつつあった、今藤へ一歩近付けたような特別感。それが揶揄いの言葉でいっきに無効にされたように思える。
ちょっと特別になれたと思っていたのは雅人だけ。今藤は相手が雅人でなくても同じようにしただろうか。もう今となっては年末の出来事が特別だと思えなくなってきた。
「バカだなぁ、俺。」
最初は楽しく過ごせるだけで幸せだったのに、今は楽しい時間があればあるほど先を望んで玉砕している。すでに自分は負のループへ足を突っ込みかけているのだ。
「まだ、お礼してないじゃん・・・。」
来てくれなんて言うんじゃなかった。彼を誘って、優しさに浮かれて、また落ち込む。いつか取返しのつかないくらいに胸の傷は広がっていくだろう。それが次なのか、まだ先まで持ち堪えることができるのか、もう雅人にはわからない。
家に帰って飲み直そう。自棄酒は確実に二日酔いを呼ぶだろうが、少し身体を痛めつけてやらないと、きっと自分は懲りない。もともとお調子者気質なのは自覚がある。飲んで、苦しんで、後悔して、頭を一旦冷やそう。そして週明けには元通りの自分になっていればいい。
雅人は叶う望みが少ない計画を立てて、ぶらぶらと覇気なく夜道を歩いた。
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10話くらいに留める予定が、すでに13話。
まだまだ終わる気配がしなくて、焦りが・・・(滝汗)
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朝霧とおる