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とおる亭

*BL小説* 全作品R18です。 閲覧は自己責任でお願いいたします。

百の夜から明けて10

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百の夜から明けて10

甲斐にはのんびり寝正月を過ごしたいと言ったものの、本来自分は忙しくしているのが好きなたちで、早速一日目にして飽きてしまった。一人の正月におせち料理など虚しいだけだと決めつけていたが、近頃はお一人様用もあるらしい。最寄りのスーパーマーケットではなく駅前の商業施設へ足を延ばして宛てもなく歩いていると、広告のうたい文句に惹かれて食品売り場へと足が向く。

出来合いの詰め合わせだと、入っている物が好きな物とは限らない。オリジナルのおせちを作ろうと思い立って、気の向くままに両手をいっぱいにした。

家に帰ると進はタッパーを取り出し、好きな物だけを並べたおせちの出来栄えに満足する。これで好きなやつと食べられたら尚最高だと思う自分は、やっぱり人恋しいのだなと溜息をついた。

相当酔った翌日だというのに、昨日は頭痛などにも悩まされることはなくのんびり過ごした。酒の良し悪しは翌日の体調にも大きく影響する。変な酔い方もしなかった。連日の根詰めた研究と残業で物理的に身体が疲れていたこともあるが、夢も見ずにぐっすり眠った。当然朝の目覚めもよく、気分も上向き。なかなか好調な滑り出しだ。

しかし何もすることがない、というのは自分にとって逆に疲労を呼ぶらしい。自己流おせちの詰め合わせがひと段落すると、結局進は新宿の本屋まで出向き、仕事に使える本はないかと物色することに明け暮れた。

たんまり書籍を買い込んで帰路に着いた頃、コートのポケットに入れてあった携帯が振動する。両親からの愚痴かと思って家に帰ってからメッセージを開封すると、甲斐からの着信だった。

寝正月というタイトルと共に送られてきたのは、マスクと市販の解熱剤を一緒に撮影した画像。

「風邪引いたのか・・・。」

甲斐も最後の一週間は客先への行脚で忙しかった。疲れでも出たのかもしれない。

そういえば今年は実家に帰らないと言っていたから、一人弱った身体で寂しいのかもしれない。寂しさにつけ込んでやろうかという悪魔の囁きが頭の中である一方で、やめておけという声がかろうじて勝った。

しっかり寝て休めよ、とだけ返信すると、当たり障りのない進の返事へ抗議するかのように、お見舞いに来いと命令口調のメッセージと、ご丁寧に住所まで送りつけてきた。

「食っちまうぞ、甲斐。」

携帯に向かって苦笑しながら考える。さすがに病人に手を出すほど、自分も落ちぶれてはいない。セーフだろうと言い聞かせて、さらに甲斐へメッセージを送る。何か買ってきてほしい物はあるか、薬は足りているかという進の事務的なメッセージに、スポーツドリンクが欲しいとだけ返ってきた。

休みの日まで同期の自分を呼びつけるなんて、人騒がせなやつだ。しかし無理矢理その思考回路へ持っていこうと試みているのは、呼びつけられて浮かれている自分を宥めるため。必要な自衛だった。

顔の広い彼が他の誰でもなく進を選んで呼び寄せる。その意味を深く考えてはいけない。好きなやつに都合の良いやつだと思われるのは少々情けないが、全く相手にされないよりマシだと言えた。

「せっかくだから、持ってくか。」

重箱がなくてタッパーに詰めただけだが、思わぬところで役に立った。消化に良いかどうかはわかりかねるが、食べられそうな物だけ取り分ければいい。好きなやつと食べたいと思っていた手前、自制しようにも浮足立つ気持ちは抑えられない。

話に聞いて知っていたが、甲斐の住むアパートは新宿を挟んで一駅行ったところだ。途方もなく遠く思えていた距離が、嘘のように短く感じる。今から彼の城に踏み入れるのだと思うととても冷静ではいられない。

「ひとつ貸しにしとくか。」

口元を緩めながら悪態をついたって説得力がない。しかしそれでも、進にとって落ち着くためには必要な儀式だった。



 * * *

築二十年は過ぎていると言っていたが、なかなか綺麗にしていると思う。格別ハイセンスでもないが、一人暮らしの男部屋にしてはマメに掃除をしているように見受けられた。

「飲み物、冷蔵庫入れとくよ。」

「ありがとう。マジで来てくれるとか神様なんだけど。ごめん、用事とかあった?」

「いや、宣言通り一人でヒマしてたから、別に。」

「復活したら、飯奢る。ホント、ありがと。」

先日並んで歩いていた女性は彼女ではなかったのだろうか。後姿だけだったから、案外肉親だったりして。さすがに彼女を差し置いて同期の男を看病に呼びつけたりはしないだろう。勝手に勘違いして落ち込んでいた自分がバカみたいだ。甲斐に彼女がいなかったところで進がパートナーに名乗り出るわけでもないのに、ホッとしてしまったことに苦い想いが走る。

「飯は? レトルトのおかゆも買ってきたけど、固形物いけそうなら、こっちも食う?」

タッパーに詰めた物を見せると、甲斐の目が面白い物を見たように輝く。

「何それ、おせちじゃん。すげぇ。おまえ、作ったのか?」

「買って詰めただけだって。俺の好みで悪いけど。」

「え、おまえ、栗きんとんとか好きなの? あ、だて巻きもある。あ、そうか。甘い物ね。」

甲斐は進が顔に似合わず甘い物が好きなのを知っている。いつも通りの揶揄いに、進もいつも通りの返答をした。

「悪かったな、甘党で。」

「いや、悪くないって。俺も好き。それも食いたい。さっきまで、あんまり食欲なかったんだけどさ、今出た。」

笑いながらも即座に否定し、進の望む言葉をくれる。嫌味なく誰にでも気遣いができる性格は羨ましい。進は彼のこういうところも好きだった。

「現金なやつ。」

鼻で笑い返しつつも、自分たちらしい応酬だと安心する。

進は立ち上がってキッチンへ向かい、皿と箸を拝借して、甲斐が食べられる分だけ取り分けた。しかし食っていけとせがまれたので、進の分も取り分ける。

「なぁ、泊まってかない?」

真意を探ろうとしかけて、進はすぐにやめた。

「アホか。呼びつけた上に、風邪うつす気か?」

「だよねぇ。」

「寂しいわけ?」

聞いた直後に後悔する。

「まぁ、熱で弱ってるし。なんかなぁ・・・。」

病人なら誰でも言いそうな台詞に安堵する。

「明日も来てやるから、大人しく寝てろ。早く直せよ。」

俺がいたら落ち着いて寝られないだろう、という言葉は飲み込む。妙なやりとりになったら果たして防御しきれるかどうか。弱っている甲斐に変なスイッチでも入ったら困るのは自分だ。

たわいもないことを話して夕飯を済ませる。甲斐がシャワーを浴びて寝ると言い出すまで、進は甲斐のアパートに居座った。










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