気が緩んでいるのだと思う。甲斐の膝に頭を乗せて寛ぐこと早一時間。何もしない幸せをこれほど噛み締めたことはない。どちらかというと忙しなくしていることが好きな自分には、非常に珍しいことだ。
「なぁ、今藤。」
「ん?」
進の髪を指に絡めて弄りながら、甲斐が進の顔を覗き込んできた。
「大浴場、行こう。」
「ムリだろ。」
「なんで?」
「緊急事態になる。」
「ッ・・・バカ・・・」
顔を赤くした甲斐を見て、可愛い奴だなと内心では思いつつ、言葉にはしない。口に出したら最後、拳の一つは食らうだろう。
「じゃあ、いいよ。一人で行ってくる。」
拗ねたように顔を逸らして立ち上がろうとする甲斐を、進は当然のように掴んで制止した。
「ダメに決まってんだろ。」
「なんで。」
別に誰かに襲われるなどと思っているわけではない。しかし好きな奴の身体が公衆の面前に晒されることを良しとはできない。個室に温泉付きの露天風呂があるのだから、何故わざわざ雑多な大浴場に向かう必要があるのか、という気持ちも少なからずある。
「背中とか首に付けた痕、見せびらかすんだ?」
自分でももう少し素直な言い方ができないかと苦い思いは走る。しかし甲斐は気を悪くしたというより、その事実にたった今思い至ったという顔で絶句する。
「え!? そんな痕付けたの、おまえ・・・。」
「別に見せびらかしたいんなら、行けば?」
甲斐が悔しそうな顔で進を睨んだものの、進は彼が絶対に大浴場へ行きはしないことを確信する。そして進の独占欲は順調に満たされるのだった。
「俺はここの露天入る。っていうか、一緒にまだ入ってないだろ。何のために露天付きの個室にしたんだよ。」
「・・・。」
「かーい。」
一緒に入ってあわよくば、と期待してくれていたなら最高だ。甲斐の口から直接その言葉を聞きたいと思うのは、進にとっては当然の成り行きだった。
膝枕をしてもらったまま見上げた顔は真っ赤。そっぽを向いているので、余計首の艶めかしさが目立つ。男っぽく筋のある首のラインに進は手を伸ばす。そっと撫でて先を促すと恥ずかしさと居た堪れなさで揺れる瞳が進を睨んでくる。しかし進を射抜くには幾分威力が足りておらず、甲斐の眼差しは彼を色っぽく見せるだけだった。
「一緒に・・・」
「うん。」
「・・・入りたい、って思っちゃダメかよ。」
ダメなわけがない。進は口元を緩めて笑みをこぼし、甲斐の赤くなった頬を誘うように撫でた。
「じゃあ、何で大浴場?」
「だって・・・腰痛いし・・・。」
昨夜盛り過ぎた後遺症が、甲斐の身体に悲鳴を上げさせている。もちろん甲斐を抱くことはこの上なく好きだけど、そればかりと思われているのは納得がいかない。些か恋人を無粋な奴だと思い過ぎている。
進は普段自分が甲斐に仕掛けていることを棚上げにして、甲斐にやんわりと抗議する。
「ちゃんと労わるけど?」
「ホントかよ・・・。」
疑いの目をやめない甲斐に、進は手を伸ばして指で甲斐の唇に触れる。キスをしたいと望んだ心が通じたように、甲斐が仕方ないという顔をして口付けてくる。
「今日はなしだからな。」
口を尖らせて必死な様子で念を押してくる甲斐が面白い。どうにか吹き出すのを堪えて、ようやく進は彼の膝枕から起き上がった。
「痛ッ・・・足、痺れた・・・ちょッ、今、触んなッ!!」
痺れたと訴える彼の足をツンツン指で突くと、ひょこひょこと不自然に身体を跳ね上がらせて暴れ出す。身体を傾けた甲斐を進は軽々と受け止め、苦悶する甲斐を抱き締める。
「逃げなかったご褒美。」
大浴場へ行くことを見送り、賢明な判断を下した彼にキスを贈る。最初は額、目尻、赤くなった頬に、昨日の情事を色濃く残す首筋。
甲斐が進の禁欲を疑ったのは正しい。たったこれだけのキスで、すっかり進のスイッチは入ってしまう。
「甲斐、挿れなきゃいい?」
我慢のハードルは下げられるだけ下げておいた方がいい。どうにか甲斐の了承をもぎ取ろうと、彼を煽って耳元で懇願する。
「言うと思った・・・。」
呆れたような甲斐の溜息を腕の中で聞いて、彼の下す判決に耳を澄ませる。
「・・・明日は外、出たい。」
抱き潰さなければいいというお許しを得て、進は嬉々として甲斐の手を取り口付ける。
「善処する。」
「絶対だぞ。」
睨み付けてくる甲斐の視線を交わして、進は甲斐とシャワールームへ前進する。いつの間にか降り出した雪に二人で顔を見合わせ、雪見風呂だとはしゃぎながら熱い湯で温もりを分け合った。
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朝霧とおる