同期で催す十一回目の忘年会。
居酒屋に入る前、今藤に呼び止められたと思ったら、飲み過ぎるなと耳打ちさせる。泥酔の心配をされているわけではない。この後抱くから覚悟しろ、という今藤からの忠告だ。しかし十年以上も付き合いのあるメンバーでいきなり量を控えれば、訝しがられるというもの。飲んでいるフリだけ、と思ってオーダーを入れるのだが、元々お酒は好きなので、目の前にあるとどうしても無意識に手が伸びてしまう。
中ジョッキ二杯目に口をつけようとした直後、隣りに座っていた今藤に足を踏まれる。
「ッ・・・。」
睨んだところで今藤は雅人の方へ目をやるわけでもなく、何食わぬ顔をして酒井と話を続行している。
「今藤は結婚しないわけ?」
鉄壁の微笑みは相変わらずだ。際どい事を聞かれても絶対に綻びる事のない表情に安堵の溜息しか出ない。ただ不敵な笑みで雅人の方を窺ってくるのは、本当に意地が悪いと思う。雅人が内心ハラハラしているのはわかった上で、この男は視線を投げてくる。
「どうかな。」
「いや、向こうは絶対結婚したいと思ってるって。」
既婚者の酒井が結婚生活の良さに関して熱弁を奮っても、特に気分を害した様子もなく涼しい顔。正直自分は恋人の前でこんな冷静ではいられない。事実、狼狽え、目を泳がせたままジョッキに口をつけようとして、再び足を踏まれたくらいなのだから。
「ずっと一緒にいたいとか、結婚したいとか、一切言ってこないんだよね。」
「ドライな彼女だな、そりゃ。」
確かに雅人は今藤に対してその類いの言葉を発した記憶はない。今藤は全く嘘をつくことなく、真実も語らない。こういう茶番を平気でするから、雅人の心臓は先ほどから爆音を立てているし、手に変な汗が出っぱなしだ。
「でも、いずれは、って思うだろ?」
「いや。今に十分満足してるから、これでいいかな。」
真面目な顔をして酒井に淡々と語り、雅人へ真っすぐ視線を寄越してくる。
反則だろう。言葉と視線に撃ち抜かれたまま、雅人は暫し呼吸も忘れた。飲み会の席で良かった。急上昇していく体温が顔を赤くしていると思う。頬も耳も、そして脳まで焼き切ろうという視線に耐えられなくて、雅人は今藤から目をそらす。
「甲斐は?」
「・・・え?」
「甲斐はどう?」
酒井に話を振られるならまだわかる。しかし、雅人に堂々と尋ねてきたのは紛れもなく今藤だ。何を言わせたいのか概ね察しつつも、関係が露見するわけにはいかない以上、冷静ではいられない。
「え? やっぱり甲斐、恋人いんの?」
「ッ・・・。」
テーブルの下で今藤の足を踏もうと試みるものの、今藤は雅人の行動を察していたらしく空振りに終わる。
「終業間際になるとケータイ見ながら、ニヤニヤしてるもんなぁ。」
「へぇ。ニヤニヤねぇ。」
どうせ今藤はわかってる。雅人が送られてくるメッセージに一喜一憂して走り回っていることなどお見通しだ。悔しいやら居た堪れないやら、同期の飲み会で今藤と同席すると、平静でいられる時はない。
全く酔ってもいないこの状況では相当の勇気を欲したが、この際開き直ってやろうと今まで沈黙を守ってきた恋人の存在に関して口を開く。
「確かにいるよ。年明けて・・・少し経ったあたりから。粘着質だし、策略家だし、一緒にいるとホント振り回されて疲れるけど・・・うん、まぁ・・・」
「まぁ?」
肩肘をついて酒の肴にするていを装って今藤は先を促してくるが、実際のところは誰よりも聞き逃すまいと雅人の発言を注視しているはず。そう思えばこそ、ちゃんと気持ちは返したくて、恥ずかしさを振り切って本音を吐き出す。
「・・・なんだかんだ、好き。」
今藤は雅人のぶっきらぼうな言い草に肩を震わせて笑い出す。しかし酒井はそんな今藤と不貞腐れたように言い放った雅人に呆れたような視線を寄越した。
「おまえら、本当にその相手大丈夫か? 二人ともこの歳になって、随分冒険してんだな。」
雅人と今藤が公開告白したことなど露ほどにも思っていないだろう酒井は、二人の恋愛に全くついていけないという顔だ。
「まあ・・・刺されない程度に頑張れ。」
一体酒井の中で二人の恋人がどんな人物像として処理されたのかは不明だが、終始今藤のペースで煙に撒けたことだけは確かだ。
今藤の方をちらりと盗み見ると、彼は満足そうに微笑んでいる。雅人の言い分は彼の及第点に無事達したらしい。
恥ずかしくてやってられない。けれど飲んで紛らわすことを許されなかった今日は、苦行の忘年会となった。
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ごめんなさい。続きます。
二人の慰労会は果たしてどうなるか。。。
甲斐、頑張れ・・・。
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朝霧とおる