おおらかで真面目な人柄を思わせる身のこなし。背筋を伸ばした大きな身体を見て、小さなレイは憧れの眼差しでソウを見上げた。
西は大柄な体躯をした男が多い。その中でもソウは目立って立派であり、かつて会った時よりも優雅さを身に着けていた。行商の活気ある人々にも埋もれることのない存在感。世羅の人を見極める目は確かなのだと、フェイは臣下の一人として誇らしく思う。
「フェイ様、わざわざお越しいただいまして、有難く存じます。」
フェイとソウが再会を喜び合っていると、レイが興味津々にソウを見つめて小さく会釈する。
「可愛らしい方だ。」
「この冬、弟子にとったレイです。レイ、こちらはソウ様。西方の地を治める方ですよ。」
「はじめまして。」
繋いでいた手を離してソウにお辞儀をした後、恥ずかしそうにフェイの影に隠れようとする。ソウに好感は持ちつつも、どうも少しばかり人見知りをしているらしい。
「はじめまして、レイ様。フェイ様はお優しい方でしょう?」
「はい。」
ソウが微笑んでレイを抱き上げる。突如視界が高くなったレイは初めこそ驚いて身体を小さく縮めたものの、すぐにソウの首元に抱き付いて嬉しそうに頬を赤らめた。
「ソウ様は、大きくていらっしゃいますね。」
「左様。レイ様もフェイ様のもとで修練に励むうちに、いつの間にか大きくなられますよ。」
「ソウ様のように?」
小さなレイは自分がソウのように大きくなることは信じ難いのだろう。不思議そうにソウを見つめ、首を傾げる。ソウはそんなレイを見て微笑み、大きな手でレイの頭を優しく撫でた。
「春になったらフェイ様と旅を?」
「はい。」
「では、いつか西へいらしてください。辿り着く頃には、きっと丈夫な足におなりでしょう。」
ソウが抱き上げたレイの小さな足を見て満足そうに頷く。しかしレイは不安げに自分の足を見つめた。
「早く駆けるのは苦手なのです。ソウ様が住む場所は遠いのでしょう?」
残念そうに肩を落とし、先刻まで輝いていた瞳が悲しそうに曇る。
「そんな遠くへ行けるでしょうか・・・。」
しかし俯いたレイにソウは快活な声で笑い飛ばす。その声に驚いたのかレイが瞳を大きく見開いてソウを呆然と見つめた。
「ゆっくり、少しずついらっしゃればいいのですよ。急ぐことはありません。前へ進み続ければ、この世で辿り着かぬ場所などありませんから。」
「・・・本当に?」
「天に誓いましょう。必ずやレイ様は西へ辿り着きますよ。」
「フェイ様。春になったら西へ行きとうございます!」
すっかりソウに盛り立てられて行く気になったらしいレイは、もう今にも走り出しそうな勢いでソウの腕から身を乗り出して訴えてくる。その姿が微笑ましくて、新しい世界に胸をときめかせていた、幼い頃の自分と重ねる。
「では、西へ参りましょうか。」
フェイが微笑んで頷くとレイは歓喜の声を上げる。
「本当に? ソウ様、きっと会いに参ります!!」
「ええ。お待ちしておりますよ。」
嬉しそうにソウへ抱き付いたまま、レイは西の話をソウに強請る。フェイははしゃぐレイを眺めて、街へ連れ出して良かったと心から思った。
* * *
すっかり興奮してお喋りに興じたレイは、ソウの腕の中でうつらうつらと舟を漕いでいた。そんな彼に安堵の息をついて、フェイはようやく落ち着いた気持ちでソウから西の様子を聞き始めた。
「今年採れたムギで新しいお酒を造られたと伺いました。」
「ルウイ様にお力添えいただいたおかげでございますよ。皆、張り切っております。このたびはそのご報告とムギ酒の献上に参った次第。フェイ様がお元気そうでなによりです。」
「世羅様もお変わりなくいらっしゃいます。」
「左様ですか。ところで、フェイ様。」
ソウが腕に抱くレイの寝顔を優しい眼差しで見つめる。
「西へいらっしゃる、ということでよろしいのですか?」
「ええ。突然できた弟子に右往左往しておりましたから、どこへ行こうか迷っていたのです。レイもすっかりソウ様に懐きましたね。さぞかし楽しみなのでしょう。」
「いらっしゃるなら、是非、畑が黄金色になる時分に。」
「はい。今までよりのんびりした旅になるでしょうから、王都を出てそちらへ着く頃には、きっと季節も丁度良い具合になるでしょう。」
二人で身を寄せ合って旅をするのは久しぶりだ。しかし以前と違うのは、命を預かる立場になったということ。今心を馳せればわかる。師匠にどれほどの心労をかけ、守ってもらったのかと。
レイはまだ生きる術を何一つ身に着けてはいない。フェイの譲り渡す技が、彼を生かし慈しむものにならなくてはならない。その重圧を思うと、師匠に伝えきれなかった分の感謝の念を、代わりにレイのためにと思うのだ。手を尽くし、愛情を注ぎ込み、ようやく師匠へ報いることができる。
「笑ってらっしゃいますね。どんな夢をご覧になっているのでしょう。」
「夢の中でもソウ様に遊んでいただいているのかもしれません。」
大きな腕に抱かれ、安心しきって眠るレイを見ていると、本当にまだ幼子だ。どうか彼の行く道が幸多き道でありますように。
寝心地のいいらしいソウの大きな腕が自分にもあったならと羨んでも始まらないが、せめて彼が泣きたい時、泣かせてやれる師匠になろうと思った。
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朝霧とおる