四方を山に抱かれて、のどかな里に生まれたことを幸せに思って暮らしてきたらしい。
娘の父親は豪商で、里で一、二を争う裕福な家庭なら、確かに不自由なく暮らしてきたというのも頷けた。
幼い頃は父親について各地を旅したこともあるらしいが、年頃になると料理や裁縫、商いのことを習うために、家にこもることが多くなっていった。
どこにでもいる、ちょっと裕福な娘が宰相の目に留まったのは、リリの父親に理由があった。
地方の名産品を王宮へと献上するのは各地であるが、偶然リリのいた地域でそれを担うことになったのが、彼女の父。そして王都で宰相と面会するうちに、我が娘を、という話になったそうだ。
ありふれている話。宰相や軍師、また多くの臣下もそうやって嫁を貰うことが多い。王族は他国の姫を譲り受けることもあるが、シンビ国の場合、民から伴侶が選ばれることも少なくなかった。
しかし出逢った二人が惹かれあったのならばともかく、当人たちの都合を全く無視した婚姻の計画に、理世は苦笑いしか出なかった。
どちらも心に一物を抱えて一緒になるということ。幸せな家庭を築くということには到底なりそうにない。
「そなたは添い遂げたい者がおるのか?」
特に意味があって問うたわけではなかったが、俯いてしまったリリに、世羅の姿が重なった。
「私に隠す必要などない。悪いようにはせぬから。」
そう言って応えを待ってみたものの、リリは肯定も否定もしなかった。シンビ国の天帝の気まぐれで呼ばれ、どんな人物かもわからないのでは、信用もあったものではないだろう。
理世はリリの色白い顔を見つめ、まだ心を開いてくれない娘に胸の内を吐露することにした。
「私には大切な者たちがたくさんいる。」
「・・・はい。」
「慕ってくれる民や、臣下、身の回りの世話をしてくれる者、私の命を繋ぎとめてくれる薬師たち。多くの者たちに私は生かされている。カタチは違えど、そなたもそうであっただろう?」
「はい。仰る通りでございます。」
戸惑いながらも、はっきりとした口調で頷いたリリに気立ての良さを感じて好ましいという気持ちが湧いてくる。
「けれど、私にはそなたや世羅のように、誰か一人を強く愛したことはない。ただ緩やかに時だけが流れて、私は激情を知らぬ。」
「・・・。」
「私はそなたたちが羨ましい。この世には望んでも手に入らぬモノがある。私にはそれを叶えるだけの時間はない。それをそなたは持っているのだ。だから諦めたりなどせず、強く願い、いつか叶えてほしい。」
「理世様・・・」
「リリ、私と誓いなさい。自ら道を閉ざすような真似はせぬと。そして賢く生きなさい。そなたの人生を全うできるのは、そなた自身だけなのだ。誰もそなたの人生を負ってはくれない。自分の心に嘘をついてはならぬ。」
理世の目をジッと見つめたまま離れなかったリリの瞳。やがてゆっくりと瞬いて見つめ返してきた瞳は、まだ戸惑いで揺れていた。
「世羅もそなたと同じ。心に想いながらも、思い通りにならぬ道に彷徨っている。しかし私から見れば単純に思える。そなたたちには私より多くの時間があるはずだ。迷うことなく突き進んで、多少傷付いても、また起き上がれるだけの力が与えられている。」
「・・・お噂の通りなのですか?」
「噂とは?」
「もう、長くはないと・・・」
「今、そなたの目に映っている通りだ。妻にしたいと言いながら、ここで臥せていることしかできぬ身。誰一人、抱くことなどできぬ。」
長く俯いて考え込んでいるようだったリリは、やがて決意したように顔を上げた。
「理世様、どうか・・・お力をお貸しください。わたくしは、里に帰りとうございます。」
「では、私の提案に乗ってくれるだろうか。」
「本当に上手くいくでしょうか。」
「むしろ世羅が両手を上げて喜ぶのが見えるようで、そなたに失礼があるかもしれぬ。もともとは世羅の伴侶となるべく、はるばる来させたのだから。」
「いいえ、失礼なお願いを申し上げているのはわたくしです。」
「ならば、お互い様ということで目を瞑ってもらおうか。」
「はい。」
ようやく少し笑みをこぼした娘を気分良く見て、理世は安堵する。自分の目が届くところで、誰かが不幸になっていくところを見たくない。
自分は当面、宰相を納得させる策でも練ろうと、久々に湧いて出た面白そうな事案に、気分が浮上する。
死ぬ前に一興望むくらいは許してほしい。弟と出逢ったばかりの娘のために、彼らの未来図を頭に描き始めた。
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朝霧とおる