キィが赤い実を携えて、世羅の寝室へ舞い戻ってきたのは、つい先刻だ。
フェイは早速、鉢に入れてすり潰し、粘り気のある汁だけを匙ですくい取っていく。身体に塗ると血塗れのように見えてしまい、見栄えはよくない。しかし水疱を綺麗に治癒するためには大変効果を発揮するので、この際世羅には目を瞑って耐えてもらおうと決めた。
世羅は順調に回復していた。二日で高熱は落ち着き、食欲もあるので、見た限り心配はなさそうだ。
「もう心配ない。公務に出させてくれ。」
「世羅様、移り病ですので、今しばらく辛抱くださいませ。」
「そうか・・・」
「湯も浴びたことですし、こちらを塗りますから、少しじっとしてらしてくださいね。」
鉢を前へ出すと世羅が目をそらす。
「あの赤い実か。」
「さようでございます。よく効きますよ。」
眉をひそめて嫌そうな顔をするので、幼子を見ているようだと、うっかり口元が緩んでしまう。その様子を見咎めるように世羅が小さな声で抗議してきた。
「私にも好き嫌いの一つや二つはある。」
「キィが残念がります。一生懸命、採ってきてくれたのですが。」
本人は誇らしげに窓を陣取って、熱心に羽繕いをしていた。
「ほとんどかさぶたになりましたね。少し冷たいかもしれませんが、我慢してください。」
「・・・ッ・・・」
赤い汁を指に取り、痛々しい世羅の肌へと塗りつけていく。水疱の名残りは腹部と背中に広がっていたので、一つひとつ状態を確かめながら手当てをしていく。
くすぐったいのか、時々世羅が息を詰める。
「フェイ、前は私がやる。背中だけ、そなたがやってくれ。」
「さようでございますか。」
やはり触れられるのは、くすぐったかったのだろう。背中をあらため、薬を塗り込めたのち、再び前へ回って、世羅の顔を眺める。
やはり綺麗に整った面持ちだ。理世は儚いくらいの美しさだが、世羅は凛とした意思の強さがある。二人は顔の造りはよく似ているが、まとう雰囲気が全く違う。それは二人の生き方の違いだろう。
「目に入るといけませんので、顔は私に塗らせてください。」
「わかった・・・」
世羅の瞼が閉じたのを見届け、目の近くにできてしまった水疱のかさぶたに指を当てていく。フェイの指が顔のそこかしこを触れるたびに、世羅の長い睫毛が微かに揺れる。殊勝な彼が息を詰めてじっとしているさまが珍しくて、世羅の目が閉じていることをいいことに、じっくりと眺めて楽しんだ。
こんな近くで世羅の顔を見るのは久しぶりだ。幼い頃はよくくっついて遊んだが、さすがにこの歳になってそんなことはしない。懐かしくて温かい気持ちが心にじわじわと広がっていく。
思うことをありのまま言い合えた時間は、もう戻ってはこない。今の自分は、きっと世羅の心の半分も理解していないのではないだろうか。
二人が大人になった証だ。友と呼び合うには二人の間には決定的な身分の差があり、それを意識して心の壁を作っているのは、自分の方だろう。
少なくとも世羅は、二人の仲を阻む壁を快く思っていない。王宮での出来事が、フェイにそう感じさせていた。
世羅が何を許してほしいと望んでいるのか、それだけでもわかれば何か乗り越えられるものがあるのだろうか。
「世羅様・・・」
「終わったのか?」
「・・・はい。」
開いてしまった世羅の綺麗な瞳を凝視するだけの度胸はない。不自然にならないように、努めて微笑み、そっと世羅の身体から自分の身を離した。
「寝てばかりいると、床に根付いてしまいそうだ。」
うんざりしたように世羅が言うので、おかしくなって笑う。すると世羅もフェイにつられるように笑った。
「うつり病だと言うが、世話をしてくれたそなたやルウイにはうつっていないな。」
「ルウイも私も、一度患っておりますゆえ。一度かかると、二度目はかからないのでございます。」
「不思議な病だな。」
「そうですね。」
「悩みも・・・」
「・・・。」
「想い患う心も、同じように治って、二度と悩まずに済めば良いのだがな。」
本当は聞いてほしいのではないだろうか。自分が距離を置く所為で、世羅が一歩を踏み出せずにいるだけで。
「そなたにはうつらぬのだな?」
「ッ・・・世羅様?」
肩にかけただけの衣は、はらりと落ちて、手を伸ばしてきた世羅に抱き寄せられる。湯浴みをしてさっぱりした身体からは甘い花の香りがしてむせてしまいそうなほど。再びむき出しになった世羅の肌を見て、目のやり場に困った。
「フェイ、どう思う?」
「え・・・?」
問われている意味がわからないまま、顔が火照っていく。世羅の腕の中でこのまま小さくなって消えてしまいそうなくらい緊張して、鼓動がうるさく鳴り響いた。
いつも閲覧いただきまして、ありがとうございます。
にほんブログ村
B L ♂ U N I O N
Twitter
@AsagiriToru
朝霧とおる