冷たいものが額に当てられるたびに、火照った身体に心地良く広がっていく。それを幾度か繰り返していくうちに、深い眠りから醒めて、意識が浮上していった。
「だれ、だ・・・?」
また額にひんやりと冷たいものが触れる。気持ち良さに、開きかけていた目をうっとりと閉じ、肺に溜まっていた熱い息を吐き出す。
「世羅様、お目覚めですか?」
尋ねてくる声がフェイのものだ。いつの間にここへ来たのだろう。彼の到着に気付かず自分は眠りこけていたことになる。昨夜就寝してから、いかほどの時間が経ってしまったのかと辺りを見回すが、まだ窓の外は暗く闇の中だった。
「フェイ・・・そなた、いつの間に・・・」
「ご心配なさらず、ゆっくりお休みになってください。まだ夜明け前でございますから。」
顔や首元の汗を拭い去ってくれる手が、触れるたびに柔らかさと体温を伝えてくる。その温もりに安堵して無意識のうちにフェイの手を掴んでしまい、気付いた時には引っ込みがつかなくなっていた。
「ずっとそばにおったのか?」
穏やかな顔で頷かれ、胸がキュッと締め付けられる。
「起き上がれるようでしたら、お召し物を変えますか?」
「ああ、そうしたい。」
「水疱が破れてしまうといけませんので、湯浴みはできませんが、よろしいですか?」
「構わない。」
掴んでいたままの手を何事もなくゆっくりと引かれ、背に手をあてがわれて世羅は身を起こした。
献身的に世話をされるのはいつも理世の方で、こんな風に誰かに労ってもらうことが、世羅にとっては珍しい。構ってもらえない幼子が、ようやく相手をしてもらえて満足するような、そんな幼稚な充足感。
けれどこの瞬間だけはフェイの目が自分だけに向けられていることを確信できて、嬉しいと思う心を止められなかった。
自分はフェイを独り占めしたいのだな、と今更なことを回らない頭で実感する。
「フェイ」
「いかがなさいましたか?」
「いや・・・」
名を呼びたかっただけだと言ったら、困らせるだろうか。病人の戯言だと気にも留めないだろうか。
「・・・フェイ・・・」
「まだ、お熱が高いですね。」
後者になってしまったと苦々しく思いながら、同時に妙な腹ただしさが湧き上がってきて、なんとか気を引きたくなる。
フェイが寝巻きを解いていくさまを見ながら、その手を掴んで遮ってみる。
「世羅様、どこか痛みますか?」
胸は痛い。喉まで出かかっている言葉を呑み込まなくてはならないのだから。
この胸の痛みを解いてくれるのはフェイだけ。しかしその彼に、どうしても言いたい言葉を伝えることができなかった。
「世羅様・・・心が痛むのですね?」
世羅の言動に敏感なフェイは、世羅の様子に違和感をおぼえたらしい。寝巻きを緩めていた手を止めて、世羅の顔をのぞきこんでくる。
「何か私に、お力になれることはありませんか?」
自分の胸の内が暴かれていない安堵感と、気付いてほしい両極端な心。熱に惑わされて、ポツリとひとつ言葉をこぼす。
「一緒に、いてほしい・・・」
「今晩、ずっとおそばにおりますよ。ご安心ください。」
今晩だけではない。自分はこの先、ずっと共にありたいと望んでいる。純粋な想いだけではなく、フェイにはとても告げられそうにない邪な想いを抱いているのだ。
フェイには考えも及ばないことなのだろう。理想を描いたような純真さにホッとしつつも、交わらない想いに落胆した。しかしそれはいつものことだ。
「フェイ」
「はい。」
「いや・・・なんでもない。」
再び寝巻きに手をかけられて、すっかり身ぐるみ剥がされてしまう。
熱で身体が弱っている時で良かった。そうでなければ、フェイに寄せる想いで象徴が兆してしまっただろう。
間を置かず、何事もなかったようにフェイが新しい寝巻きを肩にかけてくれる。
「水疱はかさぶたになった後も、剥がしたりせず、そのままにしてください。そうすれば元通りの綺麗な肌に戻ります。」
「わかった。」
手際良く衣を着せられて、促されるままに寝台へ横たわる。フェイにとって、今の自分との関係は、薬師と病人でしかないだろう。
「世羅様、替えの水を持って参りますね。」
「そばにおると、言ったではないか。」
子どものように駄々をこねてみると、燭台の小さな灯りの向こう側で、フェイが小声で笑う。
「世羅様、すぐに戻って参りますよ。そうしたらお約束通り、世羅様の寝顔をずっと拝見することにいたします。」
「約束だからな。」
世羅の言い草が面白かったのか、笑いながら、行って参りますと言い残し、フェイは寝室から抜け出した。
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朝霧とおる