愛しい姿は同時に胸を締め付ける。それでもこの夢から醒めたくないのは、せめて夢の中でだけは、この気持ちを隠さず見つめていたいからだった。
物静かな理世とフェイは昔から気が合った。それが面白くなくて、つい引き離してみたり意地悪なことをした。けれどそんな意図があるとも知らず、フェイは楽しげについてきては遊び回っていた。その純粋さに惹かれ、もう気付いた時には世羅の胸の内は手遅れだった。
いつだったか、王宮の庭に咲く青い花を見せたくてフェイの手を引き、連れて行った。フェイはまだ当時薬師を拝命されてはおらず、薬師の弟子が身に付ける明るい青の衣をまとっていた。
青い花を見て驚き喜んだフェイを、あの頃の自分はためらうことなく抱き締めて頬擦りをした。フェイの瞳が輝いたことがただ嬉しくて、独り占めしたい欲求をあの頃は満たしていたと思う。
彼も臆することなく、世羅に抱きついて跳ね回っていた。今思えば無邪気で愛おしい日々。
喜ぶと思って摘んだ花を、世羅の期待には反して悲しんだフェイ。枯れてしまう運命を嘆いたのだ。
どうにか元気づけたくて、二人で理世のもとへ持っていくことにした。嬉しそうに綻んだ兄の顔を見て、フェイが押し花を作ろうと言い出した。その押し花を栞代わりにして、今も兄が大事にしていることを知っている。
フェイはそんな昔の贈り物のことは忘れてしまったかもしれない。けれど兄にとってあれはまだ宝物。青い衣をまとった幼く愛しいフェイを閉じ込めたような押し花を、兄が未だに持っていると知ったら、フェイはきっと喜ぶはずだ。
時々、世羅の見ていないところで二人が会っていることに気付いている。そして二人がそのことについて何も世羅へ語ることがないことも。
病弱な兄との間に何かがあると疑っているわけではないけれど、フェイの関心が常に兄の方へ向いていることは明らかだ。それを認めないわけにはいかない。
フェイを想う時は、理世を想う時でもある。少しずつ噛み合わない歯車が世羅の心を苦しくするのはいつものことだ。
それでも最後に残る想いはただ一つ。フェイを自分のものにしたいという気持ちだけ。あまりにも単純で明快な想いに泣きたくなる。
夢の中の自分が、フェイの手を引き大胆にも寝台へと招き入れる。抱き締めて、腕の中で恥ずかしそうにする彼にそっと口付けをする。
考えないようにしていること。けれどやはりそういうことを心の奥底では望んでいる自分を突きつけられて虚しくなる。
抱けやしないのに、夢の中でフェイを貪るなんて、自分はなんと滑稽なのだろう。けれどそんな虚しい夢にも溺れたいくらい、心は求めてやまないのだ。
「フェイ・・・」
自分の声で目が覚める。鼓動が早く打ち、息の上がる様が生々しくて、呆然と天井を見上げる。
汗か涙がわからない雫が世羅の頬を濡らしていた。
* * *
連日現場へ出て、自分の判断が正しかったことを知る。
軍師が率いて兵士たちをまとめる一方で、役人たちは右往左往しながら指示を受けていた。それに注意深く耳を傾け、兵士の仕事を邪魔しないよう上手く民をまとめ上げ、手伝いを買って出てくれる青年がいた。
畑仕事で鍛えただけではなく、おそらく体術も何かやっていると思わせる、頑丈で俊敏そうな身体。機転の利いた立ち回りを見て、世羅はこの青年をしばらく見守ることにした。
彼は人の懐に入るのが長けている人物だった。強面で高圧的な兵士たちに臆することなく接し、民と兵士たちの間で不穏なことがあるたびに仲介を買って出て上手く事を収めていた。自分が頭を下げることで事態が収拾するのであれば、そうする事を全く厭わず、人格もなかなか好感が持てる。
そんな彼に接触しようと案を練り、兵士や土木工事に携わってくれる民を中心に、労いの宴を催すことにした。
宴といっても、第一陣の収穫が無事に叶い、それを祝うことを兼ねた、王宮で催されるものとは似ても似つかぬものだ。しかしルウイの助言で畑が肥え、収穫もできたことで民も盛り上がっていて、宴の申し出は快く受け入れてもらうことができた。
到着したばかりの頃は疲れ切っていた民の顔が、歓びに変わったことには大きな意味があるだろう。王宮から持ち込んでいた酒も振る舞われ、陽気な声がそこかしこから上がっている。
世羅は酌を受けず、まとめ役を買って出ていた例の青年を別室へ呼び寄せた。まだ若いながらも臆することなく自分の前へ跪いたことが気に入った。
「名はなんと申す。」
「ソウでございます。」
「そなたの力を借りたい。」
「・・・我が力の及ぶ限り。」
一瞬驚きに満ちた目がこちらを見上げたが、誇らしげに受けて立ってくれたことに安堵する。こういうことは最初が肝心だ。事を成す前から怯むような者には任せられない。
「ここを豊かな土地にしたい。そなたがその先頭に立ち、天帝の命を形にしてほしい。」
「そのような大役、光栄の極みにございます。」
歳は世羅とさほど変わらないだろう。希望に輝いた目を見て、しばらくこういう目を見ていなかったと新鮮な気持ちになる。
「いつか、王都へ来い。」
「必ずや。」
「そして、私の右腕になってくれ。」
志を同じく持ち、純粋に国のためを思って働く楽しさを、自分は長い間、忘れてしまっていたように思う。健全なまつりごとをするために、自分の片腕として、このような青年が必要だと感じる。
「世羅様は大胆な御方ですね。」
「なにゆえ、そう思う?」
「一生、ここで貧しく暮らし、朽ちていくものと思っていました。そんな私を登用してくださるのですから。」
「そなたにはそれだけの力量が備わっていると私は信じている。飢えも十分に癒えたとは言えない民をよくまとめ、率先して橋作りに携わってくれている。そなたの姿を見て、やりたいと申し出てくれる者も増えたのだ。兵の士気も上がり助かっている。当の民たちが必要としてくれるからこそ、私もここへ来た意味がある。」
「本当のところ、こちらへいらっしゃると聞いた時、あまり良い気はいたしませんでした。」
それはわかっている。不正を働き、民を搾取していた者を登用したのは、他ならぬ世羅たち中央の人間だ。
「しかしそれもいらぬ心配でした。去年の凶作で痩せた土地が甦り、橋も完成間近です。」
「薬師の労もねぎらってくれ。私一人で成していることではないのだから。」
「いいえ、世羅様に人望があるからこそでございましょう。」
健康的な肌にくしゃりと皺が入って笑顔に変わる。剣も鍛えるように申し伝えることにしよう。隆々とした筋肉は、きっと彼を剣豪へと導いてくれる。
「そなたも飲むか?」
酒壺を掲げて示せば、嬉しそうに頷いてくる。
「頂戴いたします。」
潔い。ここで朽ちるはずと言った青年の目は輝き、期待に満ちて輝やいている。
きっと彼なら己の力で王都へ来るだろう。世羅にそう思わせるだけの力強さが、この青年にはあった。
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朝霧とおる