踏み切った瞬間に身体が空へ放たれる。この瞬間の解放感が堪らなく好きで、春哉は毎日飽きることなく走っては飛ぶことを繰り返す。ポールのしなやかさは今日も手と身体によく馴染んで、抜群の反発力を生んでいた。空へ弾き飛ばされた身体は、一瞬自分の身体から重力という枷を取り払ってくれる。春哉にとってバーを越えることはおまけのようなものだ。
「ふぅ……。」
空へ飛び出せるのは一瞬だけ。背に翼がついて、そのまま飛んでいけるわけではないから、すぐ着地マットへ身体は落ちて沈んでしまう。地面が身体を捕まえて、肉体には重さがあることを春哉に思い出させるのだ。
念入りにやったストレッチの賜物か、穏やかな陽気のお陰か、今日は身体の伸びがいい。嫌いなゆで卵も直樹のところへお嫁にいったし、好きな物だけ吸収した春哉の身体は機嫌がいいのかもしれない。身体が思うように動いてくれると気分は自然と上向く。鼻唄を歌いながら身体をゆっくり起こして立ち上がると、校庭の端で短距離のメンバーが新入生の勧誘をしていた。
「春哉、自己紹介!!」
同級生が大声で春哉を呼ぶ。春哉は新入生のもとへ向かうことはせず、その場で飛び跳ねて名乗った。
「こーづーかーでぇーす!!」
陸上部の人数が増えることは大歓迎だ。しかし棒高跳をする後輩を迎え入れることは、内心渋っている。今、棒高跳をやっているのは春哉一人だけだ。自由気ままに練習をし、考え事に耽りながら黙々と飛べる時間が結構気に入っている。後輩が出来たら張り切って教えるけど、貴重な泉ノ森での自由時間を失う気がして少し残念なのだ。
新入生の勧誘は他の同級生たちへ任せることにして、春哉はポールを回収し、再び助走に入る準備をする。しかしバーの向こうに見えるサッカーグラウンドのそばで同居人の背中を見つけ、春哉は手を止めた。
「ナオだ……。」
距離があるから呼んでも声は届かないだろう。直樹は誰かと連れ立っていて、サッカー部の練習に釘付けのようだった。
こちらの視線に気付いてほしいという願望と、こちらには興味がないかもしれないという残念な気持ち。陸上に興味が向かないだけで、春哉に無関心だという意味にはならないが、心にぽっかりと穴が空いて焦燥感に晒される。直樹に陸上部だという話をしていないから、彼が陸上に興味がなければこちらを見るはずはない。
「モヤモヤする……。」
ここにいる事を伝えていれば、一度くらい勇姿を見にきてくれただろうか。しかしそんな思いを抱くことが初めてで、自分で自分に首を傾げる。一人でいたいからこのポールを握っているのに、自分は直樹に飛ぶ姿を見て欲しいらしい。
「変なのー……。」
同室の後輩は自分だけのもの。まだ一度も夜を迎えていないから見たことがないけれど、一番無防備な寝顔だって眺める特権を持っている。湧いてきた独占欲は、春哉の身体にすぐ指令を送る。自分の気持ちを咀嚼するより前に、気付いた時にはポールを放って走り出していた。
「なぁーおぉー!!」
大きな声で叫びながら校庭を疾走する春哉に、近くで練習に励んでいた生徒たちが何事かと視線を寄越してくる。春哉は雑多な視線を気に留めることなく、直樹が驚いた顔で振り返るまで彼の名を連呼し、戸惑う背中に飛びついた。
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朝霧とおる