不慣れな寮内を落ち着かない気分で歩きながら、一年生たちが食堂へ向かう。食事は学年別で、まだ教室で顔を突き合わせていない一年生たちに、会話らしい会話はない。騒がしいお喋りをしてすれ違う上級生を羨ましそうに見つめる子たちも少なくなかった。
直樹は特段理由もなく春哉の姿を探していると、彼は食堂の入口に立って、キョロキョロと忙しなく下級生の顔を確認している。何をやっているのだろうと直樹が視線を注いでいると、彼はこちらに気付いて大きな声を上げた。
「あッ、ナオ!」
「春哉さん?」
「ゆで卵、あげる!!」
「え……えッ?」
直樹の方へ走り寄ってきたと思ったら、手の中に白く楕円の形をしたものを握らされる。
「え、何、コレ?」
当の本人はそのまま笑顔で走り去っていくので、ゆで卵と春哉の背中を交互に見遣って呆然とする。
「あ、おまえが芝山?」
二年生らしき数人がケラケラと笑いながら声を掛けてくる。ゆで卵を手にしたまま黙って頷くと、口々に頑張れと言いながら励まされた。直樹は意味がわからず困惑したまま首を傾げる。
「お供え物第一弾だな。」
「春哉、好き嫌い多いんだよ。ほぼ毎日、何かあんぞ。」
「後輩できたからって、早速新手の技だな。」
「相当変人だから気を付けろよ。」
「悪い奴じゃないから、よろしくな。」
「どっちが先輩か、わかんねぇよなぁー。」
変人呼ばわりされながらも、春哉は皆に愛されているらしい。仲の良さが滲み出ていて、和やかな空気を羨望の眼差しで直樹は見つめる。こういう日々が自分にも訪れるのかもしれないと想像するだけで、新生活への不安はさらに取り払われていく。何も気負う必要はないのだと彼らに諭されている気分だ。
上級生に交代で肩を叩かれながら、直樹はすでに春哉の姿がない廊下を見つめる。子どもっぽい春哉の言動が面白くて、ゆで卵を見つめて思わず笑う。堪え切れずに笑ってしまうのは、今日だけで何度目だろう。
座席は出席番号順に割り当てられていて、ご丁寧にネームプレートまで取り付けられている。春哉の苗字である小塚の名も直樹の席にあった。つまり寮の部屋割りも出席番号順だ。一切私情を挟まない、卒業するまでの運命共同体。なんだか感慨深くて春哉のネームプレートを指先で撫でる。
「芝山って、下の名前、何?」
「え、あぁ、直樹。」
隣りに座った子が人懐っこい笑みを浮かべて早速話しかけてくる。人見知りがネックになっていた自分には信じられないほどハイペースで声が掛かる一日だ。
「俺、佐竹守。よろしく。」
「うん。よろしく。」
生まれも育ちも違う、今までの自分を知らない人たち。人生をリセットすることはできないけれど、泉ノ森は直樹にとって自分を思い切って変えることができるかもしれない場所だ。
「直樹、部活はどこ入る?」
「まだ決めてなくて。」
「俺も。午後からの部活見学、一緒に回んない?」
「うん。」
順調過ぎて怖いくらいだけど、すぐ怖気づいてしまう自分の心を見つめる。自分らしく生きていきたいから、ここへ来ることを選んだ。望んでいた通りの温かい人たち。彼らに囲まれていれば、いつか弱い自分を受け止められるようになれる気がする。半分言い聞かせるように心で唱えて、今まで抱え込んできた澱を吐き出すように息をついた。
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朝霧とおる