泉ノ森高等学園には、入学式がない。春の始業を報せるのは生徒会が催す決起集会だ。新入生にいち早く馴染んでもらうため、一年生は寮で同室の二年生と隣席で参加する。直樹も例に漏れず春哉の隣りに座っていたが、彼は眠くて堪らないと溢して以降、直樹の肩を借りて舟を漕いでいた。
誰かにこんな密着されることが、そもそも久しぶりだ。するりと懐へ入ってくる器用さが羨ましい。何も隠すことはないと言い切るような気の許しっぷりに、ある意味感服する。春哉は躊躇うという感情をどこにも持ち合わせていないのかもしれない。
二階の部屋から直樹を見つけて呼び、走って迎えにきたと思ったら、すぐに手を引いて直樹を部屋へ招き入れた。楽しみにしていたことを隠しもせず、全身から好奇心を噴出させる春哉は眩しいくらい天真爛漫だ。
どんなに同居人の到着が待ち遠しくても、自分なら心配が勝って、ただ待っていることしかできない。
「春哉ぁぁぁッ!!」
生徒会メンバーが壇上へ揃い、自己紹介もそこそこに、中央へ立った背の高い人物が開口一番マイクで吠える。鋭い眼光は真っすぐこちらを向いていたので、直樹は身体を硬直させた。同時に直樹の肩にもたれかかって春の夢を貪っていた隣人は、身体を大きく震わせて肩から飛び退く。
「てめぇ、新年度早々寝るたぁ、いい度胸してんじゃねぇか。」
「度胸だけは一人前だって、ぴかりん褒めてくれたじゃん!!」
「今ここで、それを発揮する必要はねぇんだよ!」
威風堂々とした態度に背の高さも相まって、直樹からしてみたら、とてもじゃないが竜崎に歯向かう気はしない。直樹は一瞬二人の応酬に狼狽えたものの、笑って行く末を見守る上級生の和やかな雰囲気に呑まれて、つい口元を緩めた。一年間同室だったと言っていたし、もはや恒例の兄弟喧嘩のようなものなのかもしれない。
「ちゃんと後輩の面倒見ろよ。」
「見てるもん!!」
「ホントかぁ?」
「ナオ、見てるよね? ね?」
真剣な眼差しを寄越して腕へ巻き付いてきた春哉に、笑いを堪えながら直樹は頷く。注目の的になるのは苦手だが、講堂内で湧く笑いの渦は決して直樹を卑屈にさせるものではない。温かい声がこの空間を満たして、直樹の心を包んでいる。事実、春哉は張り切って部屋の案内をしてくれたし、現状困っていることはない。
「ほらぁ!!」
「おまえが言わせただけだろ!」
得意気な春哉の横顔を見て、つい肩を震わせる。春哉にバレないようにと顔を背けたが、壇上から見下ろしていた竜崎には丸見えだったようだ。
「笑ってんぞ、後輩。」
勝ち誇ったような竜崎の声に、春哉が慌てた様子で直樹の顔を覗き込んでくる。講堂内が笑いに包まれたまま、別の生徒会メンバーが司会進行を始める。前座のネタにされたと憤慨した春哉だったが、すぐそんな事も忘れ去ったのか、ホワイトボードの前に立つ人物を指して耳打ちしてくる。
「書記の柳隆一。やなぎん。ぴかりんの恋人だから手出しちゃダメだよ。」
「え……?」
涼やかな顔と品のいい眼鏡フレーム。威勢のいい竜崎とどうにも結びつかないし、それ以外にも思うところはあって、困惑の面持ちで春哉を見つめ返す。しかし春哉は楽しそうに忍び笑いをするだけだった。
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朝霧とおる