意識して見始めたら、春哉が直樹に向けてくる好意の真っすぐさが微笑ましくて、もう少しじっくり、なんて意地悪な考えが頭をよぎる。どうにか見せまいとしながら、全身から溢れ出る好意を大切にできたらと願う。こちらの一挙手一投足を緊張しながら窺っているのも丸わかりだった。
適当な答えは出したくないからこそ、この程度の興味で好きだと断言していいものかどうか迷ってしまう。しかし竜崎や柳に見せる親しさが羨ましかったり、今朝だって本当は何をしに竜崎のもとへ行ったのだろうと気にならないわけではないのだ。
嘘をつかれて、かえって心が温まるという経験は未だかつてない。春哉は元来嘘をつくのが苦手なんだろう。嘘をついていることがわかるだけでなく、どうやら直樹が好きだからこそ精一杯取り繕うとしているらしい、ということが言動のすべてから透けて見える。
ネクタイをつける手伝いをしたのは、ちょっとしたイタズラ心だ。性格が悪くなったかなと自嘲しながらも、そそくさと竜崎のもとへ逃げ出したことへの仕返しだった。
「春哉さん!」
呼ばれた彼は身体を校庭の隅で驚いたように震わせ、一度深呼吸をしてから直樹に応じた。普段視力の良さを感じることはないけれど、この時ばかりは自分の瞳に感謝したくなる。
「なーにー?」
授業を終えた放課後、春哉が逃げたりしないように直樹から二年生の教室へ迎えに行った。今までの自分には上級生の教室へ行くような積極性はない。頼まれても及び腰になってしまう。自分で自覚しているくらいの小心者だから、怖いもの知らずの春哉とは全く正反対だ。
しかし人は変われるらしい。興味を持ったり、好きになったり、というのは、酸素のように必要不可欠なものではないけれど、ある方が胸の高鳴りは確実に増す。
「ストレッチしましょー!」
「今、行くー!!」
用具入れからポールやらバーを出し終えると、春哉が校庭の端から直樹の方へ駆けてくる。逃げようとするくせに、呼ばれると嬉しいらしい。この無邪気さはやはり天性のものだと納得する。
息を上げて春哉が駆け寄ってきてくれたので、気まぐれを装って春哉の手を取る。声を堪える代わりに頬を染めた春哉を直樹は気分良く眺めた。自分の胸の中に育っていた好意を本物だとじわじわ実感し始めた矢先に、背後から怒鳴り声が飛んでくる。
「春哉ぁぁぁー!!」
「!?」
「ッ!!」
校舎側に振り返るよりも前に、声の主が竜崎であることはわかる。春哉の顔を覗き見ると、不本意だと言わんばかりの渋い顔だった。
「てめぇ、補講ッ!!」
「あ……。」
「サボるたぁ、いい根性してんじゃねぇかッ!!」
「んー、もぉー……ぴかりんのバカぁぁぁー!!」
「俺のセリフだ、ボケぇ!!」
今回ばかりは迎えに行ってしまった直樹に落ち度がある気がした。確かに春哉はすっかり忘れていたであろうけれど。攫うように連れてきてしまったから、クラスメイトが気付いていたとしても制止する間もなかっただろう。
春哉の姿が見えないと、同室だった竜崎のところへ話がいくのが常らしい。直樹も春哉にまつわる暗黙の了解に関して、この数日で学んだ。竜崎としては毎度毎度、とんだとばっちりだろう。春哉は竜崎へ八つ当たりを繰り出していた。
「残念ですけど、勉強頑張ってきてください。」
「うん……。」
すっかり肩を落とした春哉に手を伸ばしかけて、慌てて引っ込める。
「春哉さん」
「うん?」
「夜、ちょっとだけ時間ください。」
「……え?」
戸惑ったような顔をした春哉の身体を強制的に校舎の方へ向けて、彼の背を押す。
「いってらっしゃい。」
「う、うん……。」
自分にはないものをたくさん持っている彼を独り占めしたいという気持ちに負けた。直樹を縛る枷は色々とあるけれど、春哉とここで過ごせる時間には限りがある。今の春哉に惹かれている自分を否定する理由はどこにもなかった。
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朝霧とおる