部屋に戻りたくないと竜崎にごねたら、引きずられて強制送還される。
「芝山、おはよ。」
「……おはようございます。」
制服に着替え始めていた直樹は、春哉と竜崎の顔を交互に見比べてキョトンと不思議そうな顔をした。
「春哉さん、竜崎さんのところに行ってたんですか?」
「イタズラしに来てたんだよ。まったく、朝から……。」
呆れた目で見降ろされても、いつものように反撃には転じない。押し掛けた理由を適当に誤魔化してくれたことを、竜崎には内心感謝していた。直樹は竜崎の言葉を鵜呑みにしてくれたらしく、少し目尻を下げて笑う。
柔らかい笑みに春哉はドキリと心臓を高鳴らせる一方、罪悪感でいっぱいになっていく。けれど、この微笑みを想像して昂ってしまった自分を今さら否定できない。
「もうすぐ飯の時間だから、さっさと着替えろよ。」
「はーい……。」
本心では気まずかったけれど、元気がないだなんて思われたくない。おどけたフリをして去っていく竜崎の背中に舌を出す。大袈裟なくらい変顔を作ってあっかんべーを披露すると直樹が笑った。
「竜崎さんに怒られますよ。」
「大丈夫!」
面白いものを見るように笑ってくれた直樹に心底ホッとして、悶々としている気持ちに封をした。
「あ、春哉さん。あと五分でご飯の時間ですよ。」
机の置時計を見て、直樹が着替えを促してくる。肌を晒す羞恥心なんて自分には無関係のものだったのに、直樹に背を向けてコソコソと寝間着を脱いでシャツに袖を通す。しかし仕上げのネクタイに差し掛かったところで、焦れば焦るほど上手く結べなくて苦戦した。元々苦手なのだ。
「春哉さん、やりましょうか?」
直樹の声が思いのほか耳元に近い場所で発され、肩が震えないように堪えるのが一苦労だった。背を向けて、恥ずかしさに気を取られていたから、直樹が近付いてきたことに気付けなかったのだ。
「あ、ナオ……。」
そんな事しなくていいよ、と断る間もなく背後を取られて、直樹の手がするりと伸びてくる。春哉がこさえた妙な結び目を器用に解いて、直樹の手はあっという間に整った美しい形を作っていった。
「自分が結ぶ時と同じ向きじゃないとできないんですけど、どうですか?」
「ありがとう……。」
シャツの下で、しっとりと肌が汗ばんでいく。背後から抱きしめられているみたいで、春哉は気が気ではなかった。期待させるような事をしていると、直樹は気付いていないだろう。彼の手が離れていくのをスローモーションのように感じながら、嬉しいような、せつないような、気持ちが渦巻いて、硬直したまま動けない。
「…るや、さん……春哉さん。」
「ッ……えッ?」
「二年生の時間、始まってます。」
「あ、うん、じゃあ……行ってくるねッ!」
挙動不審な態度全開で、春哉はバタバタと部屋をあとにする。自分でもわかるくらい顔が熱い。変に思われるだろうと確信しながらも、直樹の顔を直視することはできなかった。冷静になって脱力したのは食堂の席に着席してからだ。
「あれ、ブロッコリー食ってんの?」
「え……?」
隣席の生徒に不思議そうな顔をされて、フォークを咥えたまま彼の方を向く。そして春哉は口の中にモシャモシャした歯ごたえと青臭さを感じて我に返った。
「うげぇー……。」
「何で挑戦する気になったんだよ?」
いつもは無言で人の皿に移してブロッコリーの証拠隠滅を図るが、今朝は心臓に悪いことがあって、意識が飛んでいたらしい。吐き出すなよ、と周囲から揶揄われ、なんとか麦茶で流し込む。しかし口の中から青臭さは一向に消えず、早々にブルーな一日を始める羽目になった。
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朝霧とおる