頭は重いのに、なかなか寝入ることができなくて、ゴロゴロと繰り返し寝返りをうつ。川口たちがカーテンの向こう側で動く気配があるから尚更かもしれない。
けれど自分は知っている。人の気配がなくなると殊更寂しさは増して余計に寝付けなくなることを。春哉の甘えん坊気質は年を重ねたところで改善の傾向は見られない。むしろ幼い頃一人で過ごすことが多かった反動と、常に人の気配を感じられる寮生活への慣れがあって、日に日に静けさに耐えられなくなっている。
「部屋、戻りたい……。」
知恵熱ではなく風邪らしかった。念のためインフルエンザではないことを調べてくれると言うが、部屋に戻れないことは同じなので、春哉はすっかり落ち込む。這って亡霊のように直樹のもとへ行ってしまいたくなるくらいには寂しかった。
「先生ぇー。」
「ダメだぞ。」
「戻るー……。」
「熱高いから、今日は大人しくココで寝ろ。」
「うぅー……。」
具合が悪い時は人恋しさが増してしまう。ノロノロと重い身体を起こしてベッドを降りると、床の冷たさが直接足の裏を刺激して、春哉は小さく悲鳴を上げた。
「小塚?」
「帰るー……。」
「ほら、ベッドに戻りなさい。とにかく、寝ろ。」
ペタリと床に座り込んで抗議を試みるものの、あっさり川口に抱き上げられてベッドへ強制送還されてしまう。声を張って抵抗できるほどの気力と体力はなかったので、川口に弱々しい拳をお見舞いしていると、保健室と廊下を隔てるドアが開いた。
「春哉、大丈夫?」
「……やなぎん。」
一瞬、直樹が来てくれたのではないかと期待した分、落胆が大きくて、春哉は全身で脱力する。柳は春哉が全力で立ち向かっても、さらりと流すところがあるから、竜崎のように食ってかかったところで手応えがない。到底、春哉が望むようには事が進まないだろう。
「川口先生。春哉、風邪ですか?」
「喉も赤いし、熱も三十八度越え。少なくとも今晩は大人しくしてもらわないとね。」
「春哉、先生に迷惑かけるなよ。」
柳の呆れたような視線と物言いに納得がいかなくて、布団にくるまり、そっぽを向く。
「小塚、すでに一回、逃げようとしたけどね。」
「春哉、余計具合悪くなるぞ。」
「わかってるもん……。」
「じゃあ、同室の芝山には、そう伝えます。」
すでに柳は川口の方を向いて、拗ねている春哉などお構いなしだ。悔しいけれど、騒ぐだけの余力がない。
「ぴかりんが倒れたら、真っ青なくせに……。」
小さな声で柳の背中に悪態をついていると、春哉の声は届いていたらしく、顔だけ春哉の方へ向けて一瞥してくる。
「心配してたぞ、芝山。早く戻りたいなら、ちゃんと寝ろ。」
「……。」
川口と柳の言うことが至極真っ当なのはわかっている。それでも誰か手でも握って添い寝してくれたら、こんな心細さに苛まれずに済むだろうから、春哉も必死なのだ。色んな顔を思い浮かべて、やっぱり直樹が一番いいと心は大合唱する。
「小塚。インフルエンザではなかった。抗生物質と感冒薬な。」
「やだぁ……。」
カプセルと顆粒の薬を差し出されて、春哉は口を堅く結ぶ。百歩譲ってカプセルは飲むにしても、苦味が口に広がる顆粒の薬は断固拒否したかった。
「早く帰りたいんじゃないのか。」
「苦いから、やだぁ……。」
「芝山に言っちゃおうかな。春哉が駄々捏ねてるって。芝山、幻滅するだろうなぁ。」
「うー……。」
煽ってくる柳が恨めしい。睨みつけても、彼は涼しい顔だ。川口も呆れたように苦笑して、カップに水を入れて差し出してくる。
「じゃあ、失礼します。」
「ご苦労さん、柳。」
無情にもドアは閉まって、廊下から聞こえてくる柳の足音はすぐに遠ざかっていく。もしかしたらみっともない自分の様子を直樹に告げ口されてしまうかもしれないと不安になり、ベッドから降りて追い掛けようとする。しかし、横にいた川口の手に阻まれて、脱出することはできなかった。
「ほら、逃げない。」
「やなぎんがぁ……。」
「飲んで、寝ろ。」
泣き言は容赦なく遮られ、春哉は仕方なく促されるままに薬を飲み干す。
「ナオが手握ってくれたら寝る。」
「芝山か?」
「うん……。」
「心配しなくても薬が効いてくれば眠くなるから。」
「うー……。」
「なんだ、好きなのか?」
「……うん。」
朦朧とした頭で言葉の意味を考える。しっくり胸に馴染むような気がして頷くと、呆れたような顔で川口がベッドの端に寄ってしまった掛布団を直す。もっと話していたいと思ったが、身体が温まってくると口を動かすことすら億劫になってくる。
重い瞼を閉じ視界が遮られると、身体からスッと力が抜けていく。眠りに落ちていくまでさほど時間は掛からなかった。
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朝霧とおる