補講の所為で羽が伸ばせないと、陽気に愚痴をこぼしていたシャワー前。しかしシャワー後に春哉が見せた白い肌の火照り具合も、ぐったりとした様子も、直樹に不安を抱かせるには十分だった。
「うぅー……。」
「春哉さん。もしかして、具合悪いですか?」
足をフラつかせて身体を寄せてきたので、直樹は両腕で春哉の重みを受け止める。
「気持ち悪い……。」
「のぼせました?」
聞きながら、直樹は違うだろうと頭で否定する。個々の部屋に取り付けられているのはシャワーだけ。彼はのぼせるほどの長時間、浴室に閉じこもっていたわけではない。
「保健室行きましょう?」
「ナオも来る?」
「心配なんで、一緒に行きます。」
「うん……。」
身体の調子が悪くて、つられて心まで弱ったらしい。泣きそうな顔で縋りついてくるので、熱っぽい春哉の手を取って握る。すると春哉はホッとしたような顔をした。
「ナオ……?」
「乗って、春哉さん。」
「うん……。」
屈んで背に乗るよう促すと、覚束ない足取りで背に回って体重をかけてくる。
「よいしょっと。」
さほど体格差がなく、脱力した春哉を背負うのは一苦労だが、圧し掛かってくる重さが信頼の証でもあるような気がして、頼られる心地良さに少しばかり酔う。
「春哉さん、どこか痛みはありますか?」
「頭、重いー……。」
間延びした声に、いつもの覇気はない。夕食を終えた頃は元気だったはずなのに、体調の急転に不安をおぼえて、直樹は足を速めて保健室のある三階へ向かい始める。しかし階段を数段上ったところで、点呼のため下ってきた竜崎たちと鉢合わせた。
「お、芝山。あれ、春哉?」
「春哉、どうしたの?」
手短に経緯を説明すると、竜崎も柳も笑い出す。ここのところ、はしゃぎ通しだったから、そろそろガタが来る頃だと思っていたと頷き合う。そんな二人の顔に焦りの色はない。
「一人で運べるか?」
「はい。」
「保健室着いたら駄々捏ねると思うけど、芝山はちゃんと部屋戻って。」
「は、はい……?」
去り際に柳が耳元で囁いてくる。何の事だろうかと首を傾げつつ、背に圧し掛かる重みが増してきたので、急いで上り階段を進み始める。ようやく三階の踊り場まで出ると、保健室と書かれた札が目に飛び込んできて直樹は一息ついた。
「ナオ……。」
「春哉さん?」
背を伝ってくる春哉の鼓動は早い。直樹の耳に届く息も浅く苦しそうだ。
「着きましたよ。」
行儀が悪いと思いながらも塞がった両手ではドアを開けられないので、足を捻じり込んでドアを横へスライドさせる。すると中にいた保健医が直樹に気付いて駆け寄ってきた。
「小塚、また知恵熱か?」
「うー……。」
保健室の中を見渡すと、中学時代まで見てきたものとは段違いな設備の充実ぶりに驚く。寮生たちの健康管理を一手に担っている保健室には、内科医、管理栄養士、心理カウンセラーの面々が揃い、ベッドもしっかりとした誂えだった。
「君は新入生かな?」
「はい。一年の芝山です。春哉さん、あ……小塚先輩と同室で。」
「そりゃ、大変だ。」
川口と書かれた名札を付けている彼は内科医らしい。弱々しい声で唸る春哉に体温計を差し出し、忙しなく部屋を歩き始める。
「芝山、ありがとう。あとはこちらで面倒見るから、部屋へ戻ってくれていいよ。」
「やぁーだぁー……。」
川口の言葉に頷いた矢先、春哉が泣きそうな声を上げる。
「いつもの事だから、気にしないで帰って。」
「え……。」
「なーおー、一緒に寝よー?」
訴える声は悲痛な叫びそのもので、気になって置いていく気分になれない。柳が釘を刺してきたのはこの所為かと納得する。
「先生、バカぁー。そこに立ったら、ナオが見えないじゃん!」
「はいはい、三十八度な。喉見るから、舌下げて、口開けろ。」
「やぁーだッ!?」
口を開けた隙に舌を押さえられたらしく、春哉の主張が一瞬止まり、唸り声に転じる。必死に抵抗を試みる様子からも、まだそれくらいの余力があるらしいことがわかり少し安堵する。春哉には悪いが、彼の怒りっぷりが面白くて、直樹はつい小声で笑った。
騒ぐ春哉を後目に、直樹はこそこそと保健室を出る。具合が良くなって戻ってきたら、今度から春哉が身体を冷やしていないか気に掛けようと、当然のように心に決めている自分がいた。
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朝霧とおる